帰りのフライトは16時45分発、それまでにレンタカーを空港に返せばよいので、ここにきてやっと釧路を楽しむことに。
午前中は釧路湿原の西側の展望台へ。初日は東側をずっと北上していったので、こちらは未踏であった。湿原の観光といえば西側のようだったけれど、その通りで湿原の上にせり出すボードウォークの上を歩けるのはこちら側だ。この日も午前中は非常にいい天気で、とりわけこの散歩タイムの日差しのまぶしいことと言ったらない。ビジターセンターでは前の日にタンチョウヅルが見えたなどとの情報があったが、こんな暑い午前中からツルがうろうろしているわけもなく、湿原の草本も夏のピークを越え枯れ草となりつつあり、なんか白っぽい草を眺めながらの行軍となってしまった。湿原の端っこの林に到着したときには、日陰のありがたさを思い知ったね。
湿原への道すがら、野生動物保護センターがあったので立ち寄ってみた。湿原にはもうほとんどいないと言われるエゾフクロウが保護されたばかりとあって興味深い。人間の目に極力触れぬよう、ケージはシートで覆われており、観察はカメラを通してすることができた。そのほかオオワシも何頭か。猛禽類は大きいし、保護して世話するのも大変であろうなと想像する。しかし、猛禽はかわいいねー。
さて、最後の昼ご飯だ。とはいえ、もう既に魚卵や鮭は食べ過ぎである。これ以上魚卵を取ったらコレステロールが気になる。てなわけでラーメン屋〈まるひら〉へ。市内でも屈指の名店らしく満席だったが、回転は速く無事に席に着けた。鰹だしの醤油ラーメンは昨今の魚粉でごまかした魚出汁ラーメンと違って、奥深い味だった。おいしかったなー。帰国後一番おいしかった&こういうの食べたかったラーメンだ。何の変哲もない醤油ラーメンなんだけど、不思議だな。地域のおばちゃんたちで店を回していたのも興味深かった。創業51年なんて聞くと、偏屈じーさんが厨房の真ん中を陣取ってるイメージが湧いてくるのだが。ひどい偏見!
最後はタンチョウヅル保護センターへ。タンチョウヅルは冬に渡ってくるのだが、夏の北海道でもいるところにはいるらしい。タンチョウヅルは頭頂が赤い、日本のツルらしいツルだ。でもあれと同じ見てくれのやつは北米にも多く分布しているらしいんだけどね。7月に生まれたヒナに餌やりをしている姿が見られたのがよかったなぁ。生まれて二ヶ月もたつとヒナと呼ぶにはもう十分大きくなっていたが、それでもまだ自分で食べないのかと思うと笑える。
無事に空港に戻り、トラブルもなく19時頃羽田着。北海道は自然が多くて良かったなー。また行きたいし、いつか知床岬まで到達できたらいいなぁ。
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30.8.10
29.8.10
道東五日間 5日目
川湯温泉から幹線道路に出る道すがら、アトサヌプリへの誘導看板が見えたので立ち寄ることにした。ここの駐車場券は摩周湖の第一展望台と共通なので お得感が。遠くからでも分かる硫黄湯気の立ち上り方に衝撃。肌寒いほどの朝だったのに、この周辺だけやけに汗ばむ。活火山だ。アトサ(裸)ヌプリ(山)の 名前の通り周囲は木々も生えず、地獄谷的な風景であった。おもしろいね。この辺から産出する硫黄で戦前までは潤っていたらしいよ。温泉玉子は湯気の吹き出 し口に放置して作っていた。一個100円、5個400円。硫黄臭いのを期待したがそれほどでもなかった。
弟子屈の町 から峠を越えて阿寒湖へ。阿寒の町は車で旅行に来ようキャンペーンをしていて、一人1500円のチケットを買うと駐車場代もタダにしてやるというのでそれ にのっかる。このチケット、1500円以上する阿寒湖遊覧船や、一番高いところは1450円もする豪華旅館の日帰り入浴、当然有料のアイヌコタンのアイヌ 舞踊の鑑賞、レンタサイクルの利用の4点が可能。こんなんで収益は大丈夫かと心配になってしまうよ。自転車以外はきっちり利用してきた。
遊 覧船のルートには阿寒湖内の小島にあるマリモ保護センターの見学もあって、天然マリモをこれでもかというほど堪能。船の中ではずっと阿寒湖の解説テープが 流れていたが、最後にこの辺の歌謡曲が。これが、♪北の果て~摩周~、と歌っていていろいろつっこみたい衝動が湧いてきた。そういや、マリモってのは日本 だけにあるわけではなく、ヨーロッパなどでも見られるらしい。分布図をみたらみんな阿寒と同じくらいの緯度であった。阿寒温泉を楽しんで、アイヌコタンで 無形世界遺産にもなった舞踊を見て、アイヌ楽器を購入し(あ、どこやったっけ?)、近隣の定食屋〈奈辺久〉でルイベ刺身定食を食し、予想外に阿寒を堪能し てしまった。駐車場への帰り道に通りかかったケーキ屋さん〈Pan de pan〉は、店先のシュークリームの看板があまりにおいしそうでついつい吸い寄せられてしまったが、いやーこれはおいしかったなぁ。二種類のシュークリー ムは、一方のクリームはシェリーの甘い香り、もう一方はほろ苦いキャラメル仕立てでもう2個ずつ食べたいくらい。あのケーキ屋はまた行きたいなぁ。
阿寒湖の西南にオンネトーという名の小さな湖がある。ここも裏摩周の近所にあった神の子池のように透明度の高い美しい湖との話で足を伸ばしたのだが、展望台が低すぎて湖面に光が反射してしまう。山の合間の湖で、すぐ背後に低い山があったのでそこから登ってみたが、これがまた大変な登山であった。上下移動が激しいのも疲れるもんだ。オンネトーの背後の雌阿寒岳の上部は煙がぷしゅぷしゅ出ていて、そんな光景を見られただけよかったけど、いやー疲れた。ついでにもうちょっと足を伸ばして湯の滝まで行った。温泉が岩の上を流れる様を見られたのはよかったが、日が暮れての山道歩きは怖かったな。こっちは歩道といってもサービス車両は入れる広さがあったので歩きやすかったが、キャンプ場隣の林の中の道である。無理は禁物だ。
で、そこから一生懸命釧路まで戻る。約95kmくらいかな。釧路の夏は濃霧がひどいってのは地理で昔習ったけれど、本当にすごかった。途中で脇を通った空港は、立ちこめた霧に誘導灯などの赤い照明が乱反射していて、火事でも起こっているのかと不安になったほど。
弟子屈の町 から峠を越えて阿寒湖へ。阿寒の町は車で旅行に来ようキャンペーンをしていて、一人1500円のチケットを買うと駐車場代もタダにしてやるというのでそれ にのっかる。このチケット、1500円以上する阿寒湖遊覧船や、一番高いところは1450円もする豪華旅館の日帰り入浴、当然有料のアイヌコタンのアイヌ 舞踊の鑑賞、レンタサイクルの利用の4点が可能。こんなんで収益は大丈夫かと心配になってしまうよ。自転車以外はきっちり利用してきた。
遊 覧船のルートには阿寒湖内の小島にあるマリモ保護センターの見学もあって、天然マリモをこれでもかというほど堪能。船の中ではずっと阿寒湖の解説テープが 流れていたが、最後にこの辺の歌謡曲が。これが、♪北の果て~摩周~、と歌っていていろいろつっこみたい衝動が湧いてきた。そういや、マリモってのは日本 だけにあるわけではなく、ヨーロッパなどでも見られるらしい。分布図をみたらみんな阿寒と同じくらいの緯度であった。阿寒温泉を楽しんで、アイヌコタンで 無形世界遺産にもなった舞踊を見て、アイヌ楽器を購入し(あ、どこやったっけ?)、近隣の定食屋〈奈辺久〉でルイベ刺身定食を食し、予想外に阿寒を堪能し てしまった。駐車場への帰り道に通りかかったケーキ屋さん〈Pan de pan〉は、店先のシュークリームの看板があまりにおいしそうでついつい吸い寄せられてしまったが、いやーこれはおいしかったなぁ。二種類のシュークリー ムは、一方のクリームはシェリーの甘い香り、もう一方はほろ苦いキャラメル仕立てでもう2個ずつ食べたいくらい。あのケーキ屋はまた行きたいなぁ。
で、そこから一生懸命釧路まで戻る。約95kmくらいかな。釧路の夏は濃霧がひどいってのは地理で昔習ったけれど、本当にすごかった。途中で脇を通った空港は、立ちこめた霧に誘導灯などの赤い照明が乱反射していて、火事でも起こっているのかと不安になったほど。
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4.14.旅-1008道東
28.8.10
道東五日間 4日目
今回の旅行もついに折り返し。早いなあ。今更ながら、今回は五泊するのでタイトルは正しくは六日間だ。今更気づいた。
本日は、午前中は小船で知床半島の先までクルージング、昼はウトロの有名店〈一休屋〉でハーフ丼を食し、摩周湖を眺めたのちに屈斜路湖畔で砂を掘って温泉で足湯。夜は近隣の川湯温泉で足湯と同じ硫黄泉を堪能するも、うっかり顔を拭って目があぁぁぁなムスカ状態に。
---
知床半島の半分から先は車は立ち入り禁止。岬まで到達するには歩いていくか船に乗るしかないのは、こちらウトロ側も羅臼と同じである。というわけで高速小型船のクルージング3時間コースに乗った。今回はちゃんと酔い止めも頓服済み。
船は半島の北側を進み、船からは南側の半島の奇岩を楽しむわけだが、午前中の光は実にまぶしくてクルージングを楽しむどころではなかったなぁ。昨日に見たフレペの滝を見上げるのは絶景ではあったが、それよりまぶしくてよく見えません。ヒグマの親子連れが見られたからいいか。あとは遠くにイルカも見えたのだが、なんか黒いのが波間を縫っているなぁ、程度の認識。一番すごいと思ったのは知床岬の先の先は平坦になっていること。エゾジカが草を食べてしまうので遠くからでも平坦に見えるらしい。大地の終わりが波に洗われたままになっている様は滅多に見られないこともあり、たまらない風景だ。いつかキャンプしたい。果てなき夢だなぁ。
昼過ぎにウトロへ戻り、先に書いたとおりのいくら&うに丼を食す。ここのご飯は酢飯ではなく、海産物の味がダイレクトに伝わる。縁に敷いた海苔の細いこと、そしてあしらわれた木の芽に気遣いを感じたね。この旅行で一番おいしかったなぁ。
ここから約100km、屈斜路湖・摩周湖のある弟子屈地方へ向かう。道の両隣はだいたい牧草地かジャガイモ畑。時折、可憐な白い花が見えたりする。北海道の風景は私の知っている日本よりもアメリカに近いかもなぁとつくづく思う。摩周湖は摩周岳を登ってカルデラ湖を眺めるわけだが、初日に裏から見たのと比べるとこちらはやっぱり表かな、という印象。展望台から湖面はなるべく遠い方がきれいに見えるもんだ。夕方だったためにあんまり摩周ブルーにはみえなかったが、まあクレーターレイクかなと早々に引き上げた。
で、次は屈斜路湖である。屈斜路湖と摩周湖、その間で今も硫黄の煙をもうもうと上げる山アトサヌプリは、もともと大屈斜路岳の火口内に位置する。その後にそれぞれの場所で噴火して、屈斜路湖となったり、山となったり、摩周岳にカルデラ湖ができたりしたらしい。従って温泉地だ。アトサヌプリから屈斜路湖までは熱泉となった地下水が地面の表層近くを流れており、そこら辺にできた温泉街が川湯温泉であり、湖岸の砂地をほじくって熱湯が出てくるのが屈斜路湖ほとりにある砂湯なのである。熱湯は下手に掘り進めると火傷するほど。冷たい湖の水と混ぜて適温を目指したいものだがなかなかうまくいかないものだね。あっちあっちと踊ってしまった。
この日は町中がそこはかとなく硫黄臭い川湯温泉に泊まる。宿は昔ながらの温泉旅館でなんだかほっとした。硫黄泉であった温泉の質もすばらしく、長時間浸かってしまった。しかしながら顔を拭ってはいかんね。
本日は、午前中は小船で知床半島の先までクルージング、昼はウトロの有名店〈一休屋〉でハーフ丼を食し、摩周湖を眺めたのちに屈斜路湖畔で砂を掘って温泉で足湯。夜は近隣の川湯温泉で足湯と同じ硫黄泉を堪能するも、うっかり顔を拭って目があぁぁぁなムスカ状態に。
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知床半島の半分から先は車は立ち入り禁止。岬まで到達するには歩いていくか船に乗るしかないのは、こちらウトロ側も羅臼と同じである。というわけで高速小型船のクルージング3時間コースに乗った。今回はちゃんと酔い止めも頓服済み。
船は半島の北側を進み、船からは南側の半島の奇岩を楽しむわけだが、午前中の光は実にまぶしくてクルージングを楽しむどころではなかったなぁ。昨日に見たフレペの滝を見上げるのは絶景ではあったが、それよりまぶしくてよく見えません。ヒグマの親子連れが見られたからいいか。あとは遠くにイルカも見えたのだが、なんか黒いのが波間を縫っているなぁ、程度の認識。一番すごいと思ったのは知床岬の先の先は平坦になっていること。エゾジカが草を食べてしまうので遠くからでも平坦に見えるらしい。大地の終わりが波に洗われたままになっている様は滅多に見られないこともあり、たまらない風景だ。いつかキャンプしたい。果てなき夢だなぁ。
昼過ぎにウトロへ戻り、先に書いたとおりのいくら&うに丼を食す。ここのご飯は酢飯ではなく、海産物の味がダイレクトに伝わる。縁に敷いた海苔の細いこと、そしてあしらわれた木の芽に気遣いを感じたね。この旅行で一番おいしかったなぁ。
ここから約100km、屈斜路湖・摩周湖のある弟子屈地方へ向かう。道の両隣はだいたい牧草地かジャガイモ畑。時折、可憐な白い花が見えたりする。北海道の風景は私の知っている日本よりもアメリカに近いかもなぁとつくづく思う。摩周湖は摩周岳を登ってカルデラ湖を眺めるわけだが、初日に裏から見たのと比べるとこちらはやっぱり表かな、という印象。展望台から湖面はなるべく遠い方がきれいに見えるもんだ。夕方だったためにあんまり摩周ブルーにはみえなかったが、まあクレーターレイクかなと早々に引き上げた。
で、次は屈斜路湖である。屈斜路湖と摩周湖、その間で今も硫黄の煙をもうもうと上げる山アトサヌプリは、もともと大屈斜路岳の火口内に位置する。その後にそれぞれの場所で噴火して、屈斜路湖となったり、山となったり、摩周岳にカルデラ湖ができたりしたらしい。従って温泉地だ。アトサヌプリから屈斜路湖までは熱泉となった地下水が地面の表層近くを流れており、そこら辺にできた温泉街が川湯温泉であり、湖岸の砂地をほじくって熱湯が出てくるのが屈斜路湖ほとりにある砂湯なのである。熱湯は下手に掘り進めると火傷するほど。冷たい湖の水と混ぜて適温を目指したいものだがなかなかうまくいかないものだね。あっちあっちと踊ってしまった。
この日は町中がそこはかとなく硫黄臭い川湯温泉に泊まる。宿は昔ながらの温泉旅館でなんだかほっとした。硫黄泉であった温泉の質もすばらしく、長時間浸かってしまった。しかしながら顔を拭ってはいかんね。
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27.8.10
道東五日間 3日目
リアルタイム更新と言っておきながらこの体たらくである。国後島を臨む北海道の東の端を北に伸びるホッポーロード上は、携帯の電波がなかった……。後日、写真などとともに整理します。
今日は羅臼でこんぶ▶太平洋を見ながらの野天温泉で足湯▶知床峠▶知床五湖。
二十世紀少年第三部から目が離せん。
---
この日もいい天気。宿のおかみさんに、カラフトマスの遡上が昨日より始まったと聞く。川が黒いと思ったらサケだったということがあるらしい。今日は知床半島を横断してウトロまで行く予定。遡上する川は羅臼側なので、まずはこちら側を存分に楽しむことに。
羅臼の道の駅でおかみさんおすすめの昆布茶のサンプリングを食す。昆布の切端に昆布茶の粉末が振ってあり、お湯に投入すれば簡単に昆布茶になるというもの。これが絶品だった。羅臼昆布っておいしいんだねぇ。高いだけあるわ。その場で昆布の端を切り落としたものをあつめた徳用パックと昆布茶を購入。
知床半島の先に向かって車を走らせると車道は半島の半分ほどで終わる。そこから先を目指すためには人力しかない。知床半島の先まで向かうキャンパーは海岸を歩いたり、登山したり、ロッククライミングしたり、シーカヤックしたりするらしい。ビジターセンターのルサフィールドハウスに、アウトドア経験の豊かな人でないと無理だと警告してあったのが印象深い。世界遺産にもなっている国立公園だけあって、できるだけ人が入らないようにしてあるのだろう。ここでは、昆布の根っこを自分で昆布茶にしてみよう! と配っていたのだけど、案内通り水のペットボトルにつっこんだら、立派な昆布だしがとれましたとさ! 考えてみれば、いわゆる昆布茶って塩やらなんやら調味してあるよね……。さすがに飲料として飲むことはできなかったよ。ものすごい濃い出汁が出るんだもん。すみませんでした。
てなわけでここでは昆布漁が実に盛ん。海岸には昔ながらの番屋と呼ばれる小屋の名残が多く見られた。その昔、昆布漁のピークとなる夏はこの番屋に泊まり込んだという。現在は自動車によって流通が楽になり、番屋に滞在する必要はなくなったらしいが、時折フォークリフトが大量の昆布を運ぶのを見かけた。あれを自動車がない時代に運ぶのは大変だっただろう。何しろ、幅広で長さも2mを超す羅臼昆布である。
また知床半島は火山が連なっているため、羅臼も反対側のウトロも温泉地だ。特にこの羅臼側では、海岸沿いに岩を組んだだけの簡素な立ち寄り湯が二カ所ある。うち一つは海を望む岩場に岩を組んであるだけの非常に野趣溢れる瀬石温泉で、こういうのは露天風呂ならぬ野天風呂と呼ぶらしい。入浴していた全裸の若者が帰った後、そろそろと足湯だけしてみた。もう一つの相泊温泉は夏の間は囲いがしてあって脱衣棚もある親切設計であるが、お湯が熱すぎてとても入浴できなかった。
羅臼に戻りがてら、橋の上から川を眺めると聞いていたとおり川が黒い。サケだ。いやカラフトマスか。フィールドハウスのおねえさんによるとこの時期の遡上はまだマスで、サケの遡上は9月から10月らしい。そういや秋鮭って言うもんね。河口では大量のカモメがぎゃーぎゃー騒いでいた。自然とはかくも厳しいものよ。
羅臼の「食事処 鰍」で食べた上生ちらし、おいしかったなー。鮨屋だけあって酢飯も完璧でした。この酢飯に日本を感じたな。これぞ帰国の喜びであるよ。
知床横断道路沿いにも山の中に野天温泉の熊ノ湯が。ここは脱衣所も完備の初心者に優しい温泉で立ち寄ることにした。相変わらず温度は高いが、何度も入り直すと体が慣れてくる。一度に長時間浸からないことがコツのようだ。壁にいろいろと薀蓄が書いてあっておもしろかったな。女湯の周囲は完全に覆われているが、男湯は川に面した所は開放されているので、駐車場から木々の間を注意深く見ると覗けてしまうのが危険であった。でも渓流の涼しい風を浴びながら熱いお湯に浸かれるのはうらやましいものだ。
知床峠で羅臼岳を見て、ウトロまで下りたらそのまま知床五湖へ。ここではこの旅行で一番たくさん観光客を見たなぁ。5つの湖、というか池を全部巡ってもたかだか1時間半の道のりであるが、トレイルは途中から山道に。午後のけぶった空ではあったけれど、知床連山を背景にした池を眺める散歩は、運転疲れにはいい気分転換となった。
お散歩第二弾はネイチャーセンターの裏手にあるフレペの滝。翌日にクルーズで海から眺める予定ではあったが、日暮れまで時間があったのでついでに歩いてみた。崖にしみ出る地下水が滝となっておりそれを上から眺めるのであるが、高低差がかなりある断崖で自然を感じたなぁ。だいたい、エゾジカが多すぎた。それに崖に巣を作るアマツバメが大量に飛んでいたのが印象深い。ネイチャーセンターの人によるとアマツバメはそれほど珍しい鳥ではないらしいけど。この辺ではケイマフリという水鳥がかなり希少で時々見られるらしいが、さすがに裸眼でゴマ粒をひとつひとつ判別することは叶わなかった。そういえば、北海道でも根室あたりではエトピリカが見られるらしい。アラスカで見たtufted puffinである。パフィンの方が横顔はかわいいし、メーン州海岸では一時激減したのが戻りつつあると帰国直前に見かけ、ウォッチングツアーに行きたかったものよ。行けなかったけど。
今日は羅臼でこんぶ▶太平洋を見ながらの野天温泉で足湯▶知床峠▶知床五湖。
二十世紀少年第三部から目が離せん。
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この日もいい天気。宿のおかみさんに、カラフトマスの遡上が昨日より始まったと聞く。川が黒いと思ったらサケだったということがあるらしい。今日は知床半島を横断してウトロまで行く予定。遡上する川は羅臼側なので、まずはこちら側を存分に楽しむことに。
羅臼の道の駅でおかみさんおすすめの昆布茶のサンプリングを食す。昆布の切端に昆布茶の粉末が振ってあり、お湯に投入すれば簡単に昆布茶になるというもの。これが絶品だった。羅臼昆布っておいしいんだねぇ。高いだけあるわ。その場で昆布の端を切り落としたものをあつめた徳用パックと昆布茶を購入。
知床半島の先に向かって車を走らせると車道は半島の半分ほどで終わる。そこから先を目指すためには人力しかない。知床半島の先まで向かうキャンパーは海岸を歩いたり、登山したり、ロッククライミングしたり、シーカヤックしたりするらしい。ビジターセンターのルサフィールドハウスに、アウトドア経験の豊かな人でないと無理だと警告してあったのが印象深い。世界遺産にもなっている国立公園だけあって、できるだけ人が入らないようにしてあるのだろう。ここでは、昆布の根っこを自分で昆布茶にしてみよう! と配っていたのだけど、案内通り水のペットボトルにつっこんだら、立派な昆布だしがとれましたとさ! 考えてみれば、いわゆる昆布茶って塩やらなんやら調味してあるよね……。さすがに飲料として飲むことはできなかったよ。ものすごい濃い出汁が出るんだもん。すみませんでした。
てなわけでここでは昆布漁が実に盛ん。海岸には昔ながらの番屋と呼ばれる小屋の名残が多く見られた。その昔、昆布漁のピークとなる夏はこの番屋に泊まり込んだという。現在は自動車によって流通が楽になり、番屋に滞在する必要はなくなったらしいが、時折フォークリフトが大量の昆布を運ぶのを見かけた。あれを自動車がない時代に運ぶのは大変だっただろう。何しろ、幅広で長さも2mを超す羅臼昆布である。
また知床半島は火山が連なっているため、羅臼も反対側のウトロも温泉地だ。特にこの羅臼側では、海岸沿いに岩を組んだだけの簡素な立ち寄り湯が二カ所ある。うち一つは海を望む岩場に岩を組んであるだけの非常に野趣溢れる瀬石温泉で、こういうのは露天風呂ならぬ野天風呂と呼ぶらしい。入浴していた全裸の若者が帰った後、そろそろと足湯だけしてみた。もう一つの相泊温泉は夏の間は囲いがしてあって脱衣棚もある親切設計であるが、お湯が熱すぎてとても入浴できなかった。
羅臼に戻りがてら、橋の上から川を眺めると聞いていたとおり川が黒い。サケだ。いやカラフトマスか。フィールドハウスのおねえさんによるとこの時期の遡上はまだマスで、サケの遡上は9月から10月らしい。そういや秋鮭って言うもんね。河口では大量のカモメがぎゃーぎゃー騒いでいた。自然とはかくも厳しいものよ。
羅臼の「食事処 鰍」で食べた上生ちらし、おいしかったなー。鮨屋だけあって酢飯も完璧でした。この酢飯に日本を感じたな。これぞ帰国の喜びであるよ。
知床横断道路沿いにも山の中に野天温泉の熊ノ湯が。ここは脱衣所も完備の初心者に優しい温泉で立ち寄ることにした。相変わらず温度は高いが、何度も入り直すと体が慣れてくる。一度に長時間浸からないことがコツのようだ。壁にいろいろと薀蓄が書いてあっておもしろかったな。女湯の周囲は完全に覆われているが、男湯は川に面した所は開放されているので、駐車場から木々の間を注意深く見ると覗けてしまうのが危険であった。でも渓流の涼しい風を浴びながら熱いお湯に浸かれるのはうらやましいものだ。
知床峠で羅臼岳を見て、ウトロまで下りたらそのまま知床五湖へ。ここではこの旅行で一番たくさん観光客を見たなぁ。5つの湖、というか池を全部巡ってもたかだか1時間半の道のりであるが、トレイルは途中から山道に。午後のけぶった空ではあったけれど、知床連山を背景にした池を眺める散歩は、運転疲れにはいい気分転換となった。
お散歩第二弾はネイチャーセンターの裏手にあるフレペの滝。翌日にクルーズで海から眺める予定ではあったが、日暮れまで時間があったのでついでに歩いてみた。崖にしみ出る地下水が滝となっておりそれを上から眺めるのであるが、高低差がかなりある断崖で自然を感じたなぁ。だいたい、エゾジカが多すぎた。それに崖に巣を作るアマツバメが大量に飛んでいたのが印象深い。ネイチャーセンターの人によるとアマツバメはそれほど珍しい鳥ではないらしいけど。この辺ではケイマフリという水鳥がかなり希少で時々見られるらしいが、さすがに裸眼でゴマ粒をひとつひとつ判別することは叶わなかった。そういえば、北海道でも根室あたりではエトピリカが見られるらしい。アラスカで見たtufted puffinである。パフィンの方が横顔はかわいいし、メーン州海岸では一時激減したのが戻りつつあると帰国直前に見かけ、ウォッチングツアーに行きたかったものよ。行けなかったけど。
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26.8.10
道東五日間 2日目
朝からいい天気なので、釧路駅前のレンタカー屋まで歩いて移動。ここのレンタカーは友人が見つけてきたのだが、5日間で25,000円と破格。とは言っても、万が一の時の補償で一日500円追加したので結局は30,000円弱に。走行距離が6,500kmほどのヴィッツが今回の旅の友となった。
まずは釧路湿原を見物しに行く。東側にいくつか展望台があるので、南から順に向かうのだが、初めに訪れた細岡展望台からの眺めが一番良かったように思う。展望台が高い場所にあって湿原が近く、川の蛇行も見える。また、展望台までのトレイルはシラカンバとクマザサの森の中に敷かれてあり、木陰のさわやかな風を受けながら気持ちよく散歩できた。問題は、幹線道路から駐車場までの道が細すぎて、対向車とのすれ違いがややひやひやしたことかな。まあこの辺りは私は運転してないけど。その北側のサルボ展望台とサルルン展望台はちょっとした山の上にあって、サルボ展望台に着いたところですでに脚ががくがく。階段を上るのは久しぶりで全然脚がついていけない。もう無理。
前夜、虎キチの店で飲み過ぎたために朝ご飯をかなりセーブしていた。その割にハードに歩くものだから、栄養不足もピークである。早く昼ご飯が食べたい…そんな気持ちで初めに入った町・標茶にて、最も近いそば屋へ。北海道は気候が厳しいために、蕎麦の栽培は古くから行われているらしくそば屋がたくさんある。ここもそんな店の一つであり、そばはおいしかった。セットにしたカツ丼はカツと玉子が別々に供されたのには面食らったが。
いよいよ運転は私の番である。町の道から農道へ入り40分ほどさらに北上して、摩周湖の東側にある裏摩周展望台に到着。「表」は反対側、西側である。こちらの方が標高が低く湖面が近いらしい。摩周湖は大きなカルデラ湖で、クレーターレイクを思い出させる風景だ。水の透明度が高いためか湖面が青く美しい。展望台の周りに木々が生い茂って、視界を遮られるのがやや残念。
裏摩周展望台のちょっと北側に神の子池と呼ばれる泉があるのでそこまで足を伸ばす。鄙びた感じの池がいいね。水の湧いている場所は池が青く、神秘的であった。池の畔で魚を捕まえるカワセミを見られたのもよかったなぁ。
ここから100kmほど西へ移動。中標津で数あるソフトクリーム屋の看板に引かれ、ついうっかりバニラソフトを食す。牛乳くささがまたよい感じ。日の入り一時間前になってやっと太平洋岸までたどり着き、国後島へ向かって伸びる砂嘴となっている野付半島へ向かう。
野付半島は海に向かって砂がくちばし型に堆積している場所で、半島の根元は土壌がしっかりしており松林が見られるほど。半島の先は現在も先へ先へと伸びており、その影響か半島の内側(岸側)のカーブを描いている部分は海水に浸食されている。松林の根元に海水が入り込むと当然ながら枯れる。そうして松が立ち枯れた風景が見られるのがこの野付半島の醍醐味なのだ。今はかなり枯死が進むトドマツのトドワラ、立ち枯れた木々が風食されていくのはこれからのナラマツのナラワラが見物のポイントで、それぞれでっかい看板が出ている。トドワラまでは片道30分歩かなくてはならないのが大変だが、トレイルは海岸植物に囲まれていてハマナスの赤い実やセンダイハギが風に揺れるのが夕日に映えて風光明媚である。
で、トドワラ付近はボードウォークが敷いてあるので、足下まで打ち寄せる海水に浸った湿地をじっくり眺めながら歩ける。枯れたどころか木の幹が風や海水の浸食で殆ど残っていないのは、夕暮れという時間帯に眺めると一層寂寥感が増す。
夕暮れをたっぷりと堪能した後、日が暮れると真っ暗になってしまうので追われるように駐車場へ帰る。その道すがら、遠くに謎の影が海を渡っていくのが見えた。鹿の群れだ。時々胴の深さまで水に浸かりながらも、大概は膝ほどの深さを悠然と歩いていた。砂嘴の一部で小島となっている場所を目指しているようだったが、あんな所に餌があるんだろうか。謎だ。ゴマ粒の大きさになるまでじっくり眺めてから、本日の宿を目指す。
この日は民宿モシリバで一泊。夕食には大きなカラフトマスを使ったちゃんちゃん焼きや白子のフライ(絶品だった!)、さらに流氷の氷で焼酎をいただき、あっという間に就寝。
まずは釧路湿原を見物しに行く。東側にいくつか展望台があるので、南から順に向かうのだが、初めに訪れた細岡展望台からの眺めが一番良かったように思う。展望台が高い場所にあって湿原が近く、川の蛇行も見える。また、展望台までのトレイルはシラカンバとクマザサの森の中に敷かれてあり、木陰のさわやかな風を受けながら気持ちよく散歩できた。問題は、幹線道路から駐車場までの道が細すぎて、対向車とのすれ違いがややひやひやしたことかな。まあこの辺りは私は運転してないけど。その北側のサルボ展望台とサルルン展望台はちょっとした山の上にあって、サルボ展望台に着いたところですでに脚ががくがく。階段を上るのは久しぶりで全然脚がついていけない。もう無理。
前夜、虎キチの店で飲み過ぎたために朝ご飯をかなりセーブしていた。その割にハードに歩くものだから、栄養不足もピークである。早く昼ご飯が食べたい…そんな気持ちで初めに入った町・標茶にて、最も近いそば屋へ。北海道は気候が厳しいために、蕎麦の栽培は古くから行われているらしくそば屋がたくさんある。ここもそんな店の一つであり、そばはおいしかった。セットにしたカツ丼はカツと玉子が別々に供されたのには面食らったが。
いよいよ運転は私の番である。町の道から農道へ入り40分ほどさらに北上して、摩周湖の東側にある裏摩周展望台に到着。「表」は反対側、西側である。こちらの方が標高が低く湖面が近いらしい。摩周湖は大きなカルデラ湖で、クレーターレイクを思い出させる風景だ。水の透明度が高いためか湖面が青く美しい。展望台の周りに木々が生い茂って、視界を遮られるのがやや残念。
裏摩周展望台のちょっと北側に神の子池と呼ばれる泉があるのでそこまで足を伸ばす。鄙びた感じの池がいいね。水の湧いている場所は池が青く、神秘的であった。池の畔で魚を捕まえるカワセミを見られたのもよかったなぁ。
ここから100kmほど西へ移動。中標津で数あるソフトクリーム屋の看板に引かれ、ついうっかりバニラソフトを食す。牛乳くささがまたよい感じ。日の入り一時間前になってやっと太平洋岸までたどり着き、国後島へ向かって伸びる砂嘴となっている野付半島へ向かう。
野付半島は海に向かって砂がくちばし型に堆積している場所で、半島の根元は土壌がしっかりしており松林が見られるほど。半島の先は現在も先へ先へと伸びており、その影響か半島の内側(岸側)のカーブを描いている部分は海水に浸食されている。松林の根元に海水が入り込むと当然ながら枯れる。そうして松が立ち枯れた風景が見られるのがこの野付半島の醍醐味なのだ。今はかなり枯死が進むトドマツのトドワラ、立ち枯れた木々が風食されていくのはこれからのナラマツのナラワラが見物のポイントで、それぞれでっかい看板が出ている。トドワラまでは片道30分歩かなくてはならないのが大変だが、トレイルは海岸植物に囲まれていてハマナスの赤い実やセンダイハギが風に揺れるのが夕日に映えて風光明媚である。
で、トドワラ付近はボードウォークが敷いてあるので、足下まで打ち寄せる海水に浸った湿地をじっくり眺めながら歩ける。枯れたどころか木の幹が風や海水の浸食で殆ど残っていないのは、夕暮れという時間帯に眺めると一層寂寥感が増す。
夕暮れをたっぷりと堪能した後、日が暮れると真っ暗になってしまうので追われるように駐車場へ帰る。その道すがら、遠くに謎の影が海を渡っていくのが見えた。鹿の群れだ。時々胴の深さまで水に浸かりながらも、大概は膝ほどの深さを悠然と歩いていた。砂嘴の一部で小島となっている場所を目指しているようだったが、あんな所に餌があるんだろうか。謎だ。ゴマ粒の大きさになるまでじっくり眺めてから、本日の宿を目指す。
この日は民宿モシリバで一泊。夕食には大きなカラフトマスを使ったちゃんちゃん焼きや白子のフライ(絶品だった!)、さらに流氷の氷で焼酎をいただき、あっという間に就寝。
ラベル:
4. 旅行,
4.14.旅-1008道東
25.8.10
道東五日間 1日目
ネットにつながるとリアルタイム更新ができるのがすばらしいね。
てなわけで釧路に着きました。19:30頃に釧路空港に到着し、空港で待っていたバスに乗って釧路市内まで40分弱。気温は20度と半袖では肌寒いほど。夕飯は3回まで広島にぼろ負けしていた阪神の熱烈ファンな飲み屋へgo! しかしながらいつの間にかの大量得点で22-ナントカにより勝ったらしい。よかったね。
明日からCA旅行も一緒にした友人夫妻とドライブだ。とりあえずは天気がいいといいなあ。
---
8/25-30で道東をぐるっと回ることになった。移動はレンタカー、今年の初めにアリゾナをともに走った夫の友人夫婦と約670kmの旅程である。
8/25 到着、釧路
8/26 釧路湿原、裏摩周、野付半島
8/27 知床半島の羅臼側
8/28 知床半島のウトロ側、屈斜路湖と川湯温泉、摩周湖
8/29 8/30 阿寒湖、釧路、帰る
てなわけで釧路に着きました。19:30頃に釧路空港に到着し、空港で待っていたバスに乗って釧路市内まで40分弱。気温は20度と半袖では肌寒いほど。夕飯は3回まで広島にぼろ負けしていた阪神の熱烈ファンな飲み屋へgo! しかしながらいつの間にかの大量得点で22-ナントカにより勝ったらしい。よかったね。
明日からCA旅行も一緒にした友人夫妻とドライブだ。とりあえずは天気がいいといいなあ。
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8/25-30で道東をぐるっと回ることになった。移動はレンタカー、今年の初めにアリゾナをともに走った夫の友人夫婦と約670kmの旅程である。
8/25 到着、釧路
8/26 釧路湿原、裏摩周、野付半島
8/27 知床半島の羅臼側
8/28 知床半島のウトロ側、屈斜路湖と川湯温泉、摩周湖
8/29 8/30 阿寒湖、釧路、帰る
ラベル:
4. 旅行,
4.14.旅-1008道東
17.6.10
オレゴン州でしめくくり CA・OR・WAの旅 その9(完)
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5/18-6/8のカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州の旅行を振り返る
写真はこちら
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▼6/6 sun
今日も雨。ポートランドは雨で有名な都市らしいが、この旅行中の雨率の高さからしたらもうどうでもいい。日曜の朝は街の中心部はがらがら。ここは公共駐車場の料金がめちゃくちゃ安いし、町中にバスと路面電車が敷いてあり、自動車なしでらくらく移動できる。また自転車の利用も強く促進されていて、路面電車にも自転車ラックがあるほど。オレゴン州は道路を走っていてもみんな厳格に規制速度を守るし、遵法精神が高いように思う。よく道も譲ってもらえるしね。ボストンとはえらいちがいだ。
街の中心のモニュメントは高等裁判所。現役で使われている裁判所である。平日はツアーで内部見学ができるらしいが、この日は残念ながら日曜だったため外から眺めておしまいだ。街の北東にあるチャイナタウンへ移動し、念願の飲茶を食す。が、出てくる物がみんなアメリカンな中華であった。夫はこれが初飲茶だったので、いろいろ持ってきてくれるワゴンに大興奮。調子に乗ってたくさんもらってしまい、あっという間に限界に達していた。餅米のダメージがでっかいちまきは先に頼んじゃいけないのである。精算を済ませた後に豆腐花が出てきたのがショックであった。急いで食べ過ぎたなぁ。
街歩きが楽しい北西地区に移動し、オレゴン一の広さを誇る本屋を覗いてみた。本屋のにおいは落ち着くね。もしこの辺に住んでいたら無意味に通いそうな広さであった。アメリカにはなかなか大きな本屋はないし、アマゾンで割安で購入できるために、本屋からはずいぶんと足が遠のいてしまう。寂しいもんだ。その代わり図書館はそこそこ充実しているけどね。
とにかく大雨だったので、ポートランドでは必ず訪れるべき! なバラ園にも行かずに終わった。ちょっともったいなかったかな。でもその気持ちをくじけさせるくらいの大雨であったのだ。
さて、この後は東へ向かう。ワシントン州とオレゴン州の州境はコロンビア川。大手アウトドア用品店のコロンビアはここオレゴンが発祥の地である。ちなみにナイキも。で、このコロンビア川が美しい峡谷を刻んでいるのとその周辺に多くの滝が見られるらしく、渓谷好きとしては立ち寄らないといけないと思っていたのだ。
何度も言うけど、この日は雨。結果として、コロンビア川峡谷はぜーんぜん見えなかったです。場所によってはかすかに、相当びみょーに浸食された河岸の影が見えて、こりゃ晴れていたら絶景だっただろうな、というのはなんとなーくわかったけれど、でも真っ白。しかしながら、崖側の滝は結構壮観だった。川の北側、我々の対岸は河岸段丘がはっきり見て取れたけれど、南側は浸食が激しくV字谷の傾斜が大きく、滝までの距離がほどんどない状態。ポイントにはどこも駐車場が完備されていて、車からちょっと降りて眺められて楽。もうハイキングは十分と思っていたのでなおさらこの立地はありがたかったな。最大のモルトノマ滝は目の前にしたら圧巻だった。雨に滝しぶきが相俟って豪雨状態だったけど。
コロンビア川の渓谷群を抜けて南下する道に入ると、そこは一面広がる農地であった。地平線まで広がるローリングヒルに雲の影が流れていく。時折、大地が河川や風に浸食されて盆地の中に台地が取り残されていたり、小さな川が鋭いV字谷を形成していたりと、アメリカの自然の大きさ、バリエーションの豊富さを感じさせる場所であった。ほんと、アメリカは大きかったなぁ。
ワシントン州のノースカスケード付近からこのオレゴン州の中程、さらにはカリフォルニア州までの火山帯は、大きくは環太平洋造山帯に属している。ドライブ中、道の脇にいくつもの山の頂が見えた。現地の人からすれば釣りやハイキングなどでレクリエーションを楽しめる場所がたくさんあるのだろう。こういったアウトドアの楽しみが人々に近いことが、日本にはないアメリカのいいところだと思う。国立公園だけでなく、州立公園、ともすれば市区町村レベルで大きな公園が整備されており、水道や衛生施設なんかもだいたい設置されている。民間の商売も開発も入り込まず、ただ自然を楽しめるのはすばらしいことだ。
この日は、翌日のクレーターレイクに向かってひたすら進むのみ。途中で夫の恒例「財布なくした」が始まったが、30マイル引き返したところで車の中から発見できたのでよかった。そういえば、この旅行の初めの頃には携帯電話を洗濯していた。私の携帯も持ってきていて良かったよ。
走行距離 299 mi.
6/7 mon
クレーターレイク国立公園は巨大なカルデラ湖。1800年代に「発見」されたときにはすでに今の状態であったらしい。その後の調査から、約3000年前に富士山級の高さのマザマ山が大噴火を起こし、現在あるように火口縁の高度は約2000mとなったという。どれほどの大噴火だったかが忍ばれるが、一説にはシアトルに火山灰が数cm積もるほどであったという。
火口の縁にぐるりと道路リムドライブが敷かれているのだが、雪が残っているこの季節はまだ封鎖中であった。のに、この翌日から一部開通するんだってよ! ひどい。てなわけでこの日までは西南の入り口から入って、南側のビューポイントまで車で上っておしまい。湖は青くてきれいだったよ。周りは雪だらけだったけど。
カルデラ湖ひとつ、それだけがここの公園なので、湖を見てしまえば終わりなのがつまらん。リムドライブが全線開通していれば、カルデラ湖内に見える奇岩なんかも眺められたのだろうが、まあ湖は湖だからね。てわけで、2時間ほどでここを後に。
何度も何度も言うけど、この辺は火山帯。過去に噴火した火山もいくつもある。そんなわけで、周辺には固まった溶岩から火山ガスが抜けて形成した洞窟もいくつもある。この旅行の最後は、そんな洞窟探検で締めくくることにした。
さらにさらに南下して、カリフォルニア州との州境を越えてすぐの場所にあるLava Beds国定公園へ。未だに草木さえ生えていない溶岩大地の脇を通り、念願の洞窟群へ。ここは大小20以上の洞窟が見学可能であるが、ただ一つビジターセンターすぐそばの洞窟を除いては照明がついていない。そのため、ビジターセンターで懐中電灯を借りていかないと危険。鍾乳洞とも違ってストラクタイトとスタグマタイトなどの見所もないので、ただ自然の洞窟の中を素朴に探検する気分になれる。深い場所へ潜れば、光が届かないので真の闇を体験することも可能だ。また、いくつかの洞窟はコウモリの繁殖時期のために封鎖されていた。洞窟潜入に当たっては、初級・中級・上級と大きくグループ分けされており、初級・中級の洞窟は500mもないが上級は2kmにも及ぶものもあった。上級は殆ど這っていかないと進めないとか、マッピング必須とかかなりレベルが高そうであったので、私たちが行くのは中級までにしておいた。そんなわけで、洞窟の中は見て楽しむというよりもむしろ、自分が探検して楽しむ、といったものであったが貴重な体験であったと思う。
夕方17時頃にここを出発し、サンフランシスコ空港そばの宿に到着したときには既に23時近くであった。途中、シェスタ山の周りを巡った際には、山の形が美しすぎてこの近辺の湖が大きなリゾート地になっているのがよくわかった。この辺は山が一つ一つ独立して存在するので、その形もわかりやすい。
道路状況は、サンフランシスコ北東のバークレー付近から急に交通量が増え、また速度が速く車線変更を激しく繰り返す車が目に付くようになり、ベイブリッジを渡って以降はかなりひやひやした。事故を起こさずに済んで本当に良かった。この旅行中、一番怖い道であった。時間は23時近くだっていうのにこれだから、もしこの晩に空港まで行かず、翌朝に空港に向かうことにしていたらどうなっていたか。サンフランシスコに入るには、すぐに高速道路を下りてしまうゴールデンゲートブリッジからのルートの方が幾分安全かもしれない。
走行距離 579 mi.
▼6/8 tue
宿から空港まではたったの2マイル。フライトは13時であったが、レンタカーの返却が9時半であったために早めに出た。最後に給油したガソリン、すっごい高かったな。1ガロン当たり$3.85。去年旅行したアラスカのマッキンリー山付近と同レベルなんだけど。無事に飛行機がボストンに到着した後、家に帰るまでが遠足です。どうもお疲れ様でした。
しかしながら、よく運転したもんだ。 3536マイル、約5660kmである。そのうち、私がお休みしていられたのは150kmか。ちなみに、運転が一番怖かったのはやっぱベイブリッジからSFに入ったところでした。あの辺の人たちはオレゴン州のみなさんを見習うべき。あっ、ボストンの人も。
走行距離 2 mi.
5/18-6/8のカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州の旅行を振り返る
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▼6/6 sun
今日も雨。ポートランドは雨で有名な都市らしいが、この旅行中の雨率の高さからしたらもうどうでもいい。日曜の朝は街の中心部はがらがら。ここは公共駐車場の料金がめちゃくちゃ安いし、町中にバスと路面電車が敷いてあり、自動車なしでらくらく移動できる。また自転車の利用も強く促進されていて、路面電車にも自転車ラックがあるほど。オレゴン州は道路を走っていてもみんな厳格に規制速度を守るし、遵法精神が高いように思う。よく道も譲ってもらえるしね。ボストンとはえらいちがいだ。
街の中心のモニュメントは高等裁判所。現役で使われている裁判所である。平日はツアーで内部見学ができるらしいが、この日は残念ながら日曜だったため外から眺めておしまいだ。街の北東にあるチャイナタウンへ移動し、念願の飲茶を食す。が、出てくる物がみんなアメリカンな中華であった。夫はこれが初飲茶だったので、いろいろ持ってきてくれるワゴンに大興奮。調子に乗ってたくさんもらってしまい、あっという間に限界に達していた。餅米のダメージがでっかいちまきは先に頼んじゃいけないのである。精算を済ませた後に豆腐花が出てきたのがショックであった。急いで食べ過ぎたなぁ。
街歩きが楽しい北西地区に移動し、オレゴン一の広さを誇る本屋を覗いてみた。本屋のにおいは落ち着くね。もしこの辺に住んでいたら無意味に通いそうな広さであった。アメリカにはなかなか大きな本屋はないし、アマゾンで割安で購入できるために、本屋からはずいぶんと足が遠のいてしまう。寂しいもんだ。その代わり図書館はそこそこ充実しているけどね。
とにかく大雨だったので、ポートランドでは必ず訪れるべき! なバラ園にも行かずに終わった。ちょっともったいなかったかな。でもその気持ちをくじけさせるくらいの大雨であったのだ。
さて、この後は東へ向かう。ワシントン州とオレゴン州の州境はコロンビア川。大手アウトドア用品店のコロンビアはここオレゴンが発祥の地である。ちなみにナイキも。で、このコロンビア川が美しい峡谷を刻んでいるのとその周辺に多くの滝が見られるらしく、渓谷好きとしては立ち寄らないといけないと思っていたのだ。
何度も言うけど、この日は雨。結果として、コロンビア川峡谷はぜーんぜん見えなかったです。場所によってはかすかに、相当びみょーに浸食された河岸の影が見えて、こりゃ晴れていたら絶景だっただろうな、というのはなんとなーくわかったけれど、でも真っ白。しかしながら、崖側の滝は結構壮観だった。川の北側、我々の対岸は河岸段丘がはっきり見て取れたけれど、南側は浸食が激しくV字谷の傾斜が大きく、滝までの距離がほどんどない状態。ポイントにはどこも駐車場が完備されていて、車からちょっと降りて眺められて楽。もうハイキングは十分と思っていたのでなおさらこの立地はありがたかったな。最大のモルトノマ滝は目の前にしたら圧巻だった。雨に滝しぶきが相俟って豪雨状態だったけど。
コロンビア川の渓谷群を抜けて南下する道に入ると、そこは一面広がる農地であった。地平線まで広がるローリングヒルに雲の影が流れていく。時折、大地が河川や風に浸食されて盆地の中に台地が取り残されていたり、小さな川が鋭いV字谷を形成していたりと、アメリカの自然の大きさ、バリエーションの豊富さを感じさせる場所であった。ほんと、アメリカは大きかったなぁ。
ワシントン州のノースカスケード付近からこのオレゴン州の中程、さらにはカリフォルニア州までの火山帯は、大きくは環太平洋造山帯に属している。ドライブ中、道の脇にいくつもの山の頂が見えた。現地の人からすれば釣りやハイキングなどでレクリエーションを楽しめる場所がたくさんあるのだろう。こういったアウトドアの楽しみが人々に近いことが、日本にはないアメリカのいいところだと思う。国立公園だけでなく、州立公園、ともすれば市区町村レベルで大きな公園が整備されており、水道や衛生施設なんかもだいたい設置されている。民間の商売も開発も入り込まず、ただ自然を楽しめるのはすばらしいことだ。
この日は、翌日のクレーターレイクに向かってひたすら進むのみ。途中で夫の恒例「財布なくした」が始まったが、30マイル引き返したところで車の中から発見できたのでよかった。そういえば、この旅行の初めの頃には携帯電話を洗濯していた。私の携帯も持ってきていて良かったよ。
走行距離 299 mi.
6/7 mon
クレーターレイク国立公園は巨大なカルデラ湖。1800年代に「発見」されたときにはすでに今の状態であったらしい。その後の調査から、約3000年前に富士山級の高さのマザマ山が大噴火を起こし、現在あるように火口縁の高度は約2000mとなったという。どれほどの大噴火だったかが忍ばれるが、一説にはシアトルに火山灰が数cm積もるほどであったという。
火口の縁にぐるりと道路リムドライブが敷かれているのだが、雪が残っているこの季節はまだ封鎖中であった。のに、この翌日から一部開通するんだってよ! ひどい。てなわけでこの日までは西南の入り口から入って、南側のビューポイントまで車で上っておしまい。湖は青くてきれいだったよ。周りは雪だらけだったけど。
カルデラ湖ひとつ、それだけがここの公園なので、湖を見てしまえば終わりなのがつまらん。リムドライブが全線開通していれば、カルデラ湖内に見える奇岩なんかも眺められたのだろうが、まあ湖は湖だからね。てわけで、2時間ほどでここを後に。
何度も何度も言うけど、この辺は火山帯。過去に噴火した火山もいくつもある。そんなわけで、周辺には固まった溶岩から火山ガスが抜けて形成した洞窟もいくつもある。この旅行の最後は、そんな洞窟探検で締めくくることにした。
さらにさらに南下して、カリフォルニア州との州境を越えてすぐの場所にあるLava Beds国定公園へ。未だに草木さえ生えていない溶岩大地の脇を通り、念願の洞窟群へ。ここは大小20以上の洞窟が見学可能であるが、ただ一つビジターセンターすぐそばの洞窟を除いては照明がついていない。そのため、ビジターセンターで懐中電灯を借りていかないと危険。鍾乳洞とも違ってストラクタイトとスタグマタイトなどの見所もないので、ただ自然の洞窟の中を素朴に探検する気分になれる。深い場所へ潜れば、光が届かないので真の闇を体験することも可能だ。また、いくつかの洞窟はコウモリの繁殖時期のために封鎖されていた。洞窟潜入に当たっては、初級・中級・上級と大きくグループ分けされており、初級・中級の洞窟は500mもないが上級は2kmにも及ぶものもあった。上級は殆ど這っていかないと進めないとか、マッピング必須とかかなりレベルが高そうであったので、私たちが行くのは中級までにしておいた。そんなわけで、洞窟の中は見て楽しむというよりもむしろ、自分が探検して楽しむ、といったものであったが貴重な体験であったと思う。
夕方17時頃にここを出発し、サンフランシスコ空港そばの宿に到着したときには既に23時近くであった。途中、シェスタ山の周りを巡った際には、山の形が美しすぎてこの近辺の湖が大きなリゾート地になっているのがよくわかった。この辺は山が一つ一つ独立して存在するので、その形もわかりやすい。
道路状況は、サンフランシスコ北東のバークレー付近から急に交通量が増え、また速度が速く車線変更を激しく繰り返す車が目に付くようになり、ベイブリッジを渡って以降はかなりひやひやした。事故を起こさずに済んで本当に良かった。この旅行中、一番怖い道であった。時間は23時近くだっていうのにこれだから、もしこの晩に空港まで行かず、翌朝に空港に向かうことにしていたらどうなっていたか。サンフランシスコに入るには、すぐに高速道路を下りてしまうゴールデンゲートブリッジからのルートの方が幾分安全かもしれない。
走行距離 579 mi.
▼6/8 tue
宿から空港まではたったの2マイル。フライトは13時であったが、レンタカーの返却が9時半であったために早めに出た。最後に給油したガソリン、すっごい高かったな。1ガロン当たり$3.85。去年旅行したアラスカのマッキンリー山付近と同レベルなんだけど。無事に飛行機がボストンに到着した後、家に帰るまでが遠足です。どうもお疲れ様でした。
しかしながら、よく運転したもんだ。 3536マイル、約5660kmである。そのうち、私がお休みしていられたのは150kmか。ちなみに、運転が一番怖かったのはやっぱベイブリッジからSFに入ったところでした。あの辺の人たちはオレゴン州のみなさんを見習うべき。あっ、ボストンの人も。
走行距離 2 mi.
ラベル:
4. 旅行,
4.13.旅-1006CA/OR/WA
WAの山、マウントレニエとセントヘレンズ CA・OR・WAの旅 その8
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▼6/3 thu
シアトル南部の大きな山、マウントレニエ。シアトルのポストカードなんかにも時々映り込んでいるけれど、昨日は天気が悪く全然見えなかった。東京西部の街並みに富士山が見えるのとよく似ていると思う。正しくはレニアーって言ってたかな。
曇り空の中、天気を不安に思いながらも約2時間の道のりを走ると、でっかい山が目の前に…見えない。山の上部に雲がかかっている。またか! マウントレニエは観光にすばらしいポイントが二カ所(パラダイスバレー、サンライズ)あるが、いずれも雪で封鎖されていた。そのうちのパラダイスバレーの入り口までは通年で除雪作業をしてあるために車で到達できるのだが、目玉であるバレーから山腹の花畑をハイキングするのはとても無理だ。パラダイスとは、初めてマウントレニエに訪れた人が花畑の向こうに見える山を見て、こここそがパラダイスだと言ったのに由来する。だからそんなパラダイスらしい風景が見られないのは実に残念であった。
バレー入り口のビジターセンターに到着したときには青空が見えていた。げに変わりやすい山の天気よ。ギフトショップでスノーシューをレンタルできたので、それを履いてまたも雪中行軍することに。氷河の谷のほとりまで行って帰ってくる約2kmのトレイルが最も近かったが、やっぱり雪の中を歩くのは時間がかかる。スノーシューは雪面との接着面が大きいため、雪に足がはまりこむ心配は少なかったが、それでも普通に歩くのとは違って大変であった。スノーシュー体験ができたのでよかったよかった。「パラダイス」はナショナルパークサービス作成のビデオで十分に堪能してこの地を後にした。
帰り道、キツネの子供が道の脇から顔を出していたので、車を路肩に停めて眺めてしまった。私たちの他は誰も止まらなかったけど。
走行距離 227 mi.
▼6/4 fri
またも朝から雨。1980年に大噴火を起こしたセントへレンズ、今もまだ楽観視できないとのことでナショナルフォレストサービスが観測所を置いている。しかしながら、雨と霧でぜーんぜん山が見えない。観測所まで到達するも、やっぱり見えない。悔しいので、展示されていた当時の新聞記事など読みまくってやった。
1980年5月18日に噴火を起こしたのであるが、その一週間ほど前から溶岩ドームがふくらみ初め、噴火のタイミングはある程度予測できていたらしい。しかしながら地質学者やキャンプをしていた親子など、予想被災範囲の外にいたのに命を落としてしまった人、なんとか逃げ延びることができた人、様々なケースがあったという。その中でも避難勧告を拒み、妻が眠るこの地に留まったトルーマン老人のエピソードには胸を打たれた。かつては美しい二等辺三角形の山だったのが、今や上部三分の一が崩れ落ちクレーターとなっている。大地のエネルギーは人間が太刀打ちできないものであるなと溜息が出る。
今年は噴火からちょうど30年。National Geographic5月号で特集記事が組んであったため、つい買ってしまった。
走行距離 161 mi.
▼6/5 sat
朝から晴れ。やった! 前日のリベンジを果たすべく、もう一度チャレンジ。かなり遠くから山の頂が見え始め、運転中なのに大興奮した。危険。セントへレンズの近くに道路を通してあるためだが、山がかなり大きく見える。この道路は噴火後に敷き直されたもので、今後もしまた噴火しても土石流の被害に遭わないように谷底から外して建設されたらしい。しかしながら、最も近い国道5号線から観測所まで最も短いルートで結んであるという。いやーリベンジして良かった。
この日はナショナルトレイルデーとして、国立公園や国営林などの入園料が無料になっており、それもあってものすごい人出。観測所からトレイルを辿って、時間の許す限りセントへレンズの傍まで近づいてみた。多くの人は途中で分岐する道をセントへレンズとは逆方向に進み、近隣で最も高い山まで登って上から見下ろしたらしい。どっちがよかったかはわからないが、とりあえず私たちのルートを進んだ人は誰もおらず、目の前の風景を独り占めできたのには幸せであった。火砕流が1m以上も堆積し、一度はすべての植生がリセットされたこの地であるが、新たに高地から流れる雨水に沿って灌木が生え、その周りに草本が、その外側には苔類が生えていた。噴火から30年、こうして生命がまた生まれていく過程を目の当たりにできるのは実に貴重だ。今回の旅でレッドウッドと一二を争うすばらしい場所であったなぁ。自然に感動するよ。
ハイキングの帰り道、噴火口からぷしゅぷしゅと煙が立ち上った。2003年頃からまた活動が見られるらしい。しばらくは大噴火はしないだろうとの見込みだが、噴煙は見慣れないこともあってちょっと怖かった。
この日のうちにオレゴン州ポートランドまで南下。ホテルの周りは住宅地で大手ファストフードチェーンすらなく、こりゃ今夜は夕食難民かと焦ったが、近所にチキンウイングで有名な店があるという。ここが当たりであった。ソースはバッファローウィングだけでなく12種類から選べるのだが、そのうちアジアンものが意外にヒットした。チキンの揚げ具合も表面はぱりっと、かみしめるとじゅわっとやわらかく、完璧です。日の入りが9時近くとあって、太陽の光を浴びながらビールグラスを空けてしまった。
走行距離 174 mi.
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▼6/3 thu
シアトル南部の大きな山、マウントレニエ。シアトルのポストカードなんかにも時々映り込んでいるけれど、昨日は天気が悪く全然見えなかった。東京西部の街並みに富士山が見えるのとよく似ていると思う。正しくはレニアーって言ってたかな。
曇り空の中、天気を不安に思いながらも約2時間の道のりを走ると、でっかい山が目の前に…見えない。山の上部に雲がかかっている。またか! マウントレニエは観光にすばらしいポイントが二カ所(パラダイスバレー、サンライズ)あるが、いずれも雪で封鎖されていた。そのうちのパラダイスバレーの入り口までは通年で除雪作業をしてあるために車で到達できるのだが、目玉であるバレーから山腹の花畑をハイキングするのはとても無理だ。パラダイスとは、初めてマウントレニエに訪れた人が花畑の向こうに見える山を見て、こここそがパラダイスだと言ったのに由来する。だからそんなパラダイスらしい風景が見られないのは実に残念であった。
帰り道、キツネの子供が道の脇から顔を出していたので、車を路肩に停めて眺めてしまった。私たちの他は誰も止まらなかったけど。
走行距離 227 mi.
▼6/4 fri
またも朝から雨。1980年に大噴火を起こしたセントへレンズ、今もまだ楽観視できないとのことでナショナルフォレストサービスが観測所を置いている。しかしながら、雨と霧でぜーんぜん山が見えない。観測所まで到達するも、やっぱり見えない。悔しいので、展示されていた当時の新聞記事など読みまくってやった。
1980年5月18日に噴火を起こしたのであるが、その一週間ほど前から溶岩ドームがふくらみ初め、噴火のタイミングはある程度予測できていたらしい。しかしながら地質学者やキャンプをしていた親子など、予想被災範囲の外にいたのに命を落としてしまった人、なんとか逃げ延びることができた人、様々なケースがあったという。その中でも避難勧告を拒み、妻が眠るこの地に留まったトルーマン老人のエピソードには胸を打たれた。かつては美しい二等辺三角形の山だったのが、今や上部三分の一が崩れ落ちクレーターとなっている。大地のエネルギーは人間が太刀打ちできないものであるなと溜息が出る。
今年は噴火からちょうど30年。National Geographic5月号で特集記事が組んであったため、つい買ってしまった。
走行距離 161 mi.
▼6/5 sat
朝から晴れ。やった! 前日のリベンジを果たすべく、もう一度チャレンジ。かなり遠くから山の頂が見え始め、運転中なのに大興奮した。危険。セントへレンズの近くに道路を通してあるためだが、山がかなり大きく見える。この道路は噴火後に敷き直されたもので、今後もしまた噴火しても土石流の被害に遭わないように谷底から外して建設されたらしい。しかしながら、最も近い国道5号線から観測所まで最も短いルートで結んであるという。いやーリベンジして良かった。
この日はナショナルトレイルデーとして、国立公園や国営林などの入園料が無料になっており、それもあってものすごい人出。観測所からトレイルを辿って、時間の許す限りセントへレンズの傍まで近づいてみた。多くの人は途中で分岐する道をセントへレンズとは逆方向に進み、近隣で最も高い山まで登って上から見下ろしたらしい。どっちがよかったかはわからないが、とりあえず私たちのルートを進んだ人は誰もおらず、目の前の風景を独り占めできたのには幸せであった。火砕流が1m以上も堆積し、一度はすべての植生がリセットされたこの地であるが、新たに高地から流れる雨水に沿って灌木が生え、その周りに草本が、その外側には苔類が生えていた。噴火から30年、こうして生命がまた生まれていく過程を目の当たりにできるのは実に貴重だ。今回の旅でレッドウッドと一二を争うすばらしい場所であったなぁ。自然に感動するよ。
ハイキングの帰り道、噴火口からぷしゅぷしゅと煙が立ち上った。2003年頃からまた活動が見られるらしい。しばらくは大噴火はしないだろうとの見込みだが、噴煙は見慣れないこともあってちょっと怖かった。
この日のうちにオレゴン州ポートランドまで南下。ホテルの周りは住宅地で大手ファストフードチェーンすらなく、こりゃ今夜は夕食難民かと焦ったが、近所にチキンウイングで有名な店があるという。ここが当たりであった。ソースはバッファローウィングだけでなく12種類から選べるのだが、そのうちアジアンものが意外にヒットした。チキンの揚げ具合も表面はぱりっと、かみしめるとじゅわっとやわらかく、完璧です。日の入りが9時近くとあって、太陽の光を浴びながらビールグラスを空けてしまった。
走行距離 174 mi.
ラベル:
4. 旅行,
4.13.旅-1006CA/OR/WA
都会で息抜き CA・OR・WAの旅 その7
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5/18-6/8のカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州の旅行を振り返る
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▼6/2 wed
せっかくシアトルに来たのでそれなりに街中観光をすることに。シアトル最大の目的はマリナーズ観戦なんだけど。
シアトルは非常に小さい町で、端から端まで歩くことも可能。宿のそばにニードルタワーで有名なシアトルセンターまでモノレールが走っていたが、乗り場まで南下するのは回り道になるので、ちょっくら歩いてみたら歩けちゃった。その道すがら、宿の近所のドーナツ屋で朝ご飯。へんぴな立地なのに次々に訪れる客にびっくり。その半分が日本人だったのにはなおびっくり。ちょっと日本だった。有名店なのかはよく知らず。ドーナツはダンキンよりも50セント高い分おいしかったかな。コーヒーも普通のドリップだろうになかなかのもの。ダンキンがんばれ!
シアトルセンターは観光シーズンがまだこれからとあって、噴水の水は抜いてあるわ、しかも今掃除中だわで、開店直後の品出し中のデパートに入っちゃった感じ。展望台のニードルタワーは雨の風景を見るのもなぁ、ってことで登らず、ロックミュージックのミュージアムもフィーチャーしてる歌手がちょっと古くてよく知らない人が多いので入らず、科学館はまあいいやとスルーして、果たして何しに来たのか不明。雰囲気を味わったのでよしとする。
センターはシアトルの北側の丘の中腹にあり、ここから西に下るとすぐにピュージェット湾を臨む港だ。西海岸北部の大きな町はだいたい港町だなぁ。カリフォルニア州のサンフランシスコしかり、オレゴン州のポートランドしかり。港に沿って彫刻公園があるというので向かうと、公園というよりも、高速道路を造るのに丘を削ったけど、削りきれない所があったのでとりあえず何か置いてみましたという体であった。でっかい修正道具はDCの国立美術館の彫刻庭園にもあったな。
ここから南下して、シアトルが誇る市場パイクマーケットへ。狭いスペースに工芸品や花、魚や謎のアジア玩具までいろいろな店が軒を連ねており、見て回るだけでも楽しい。残念ながら魚を投げると噂の魚屋でそのパフォーマンスを見ることはできなかったが、それでも大量に並べられたダンジネスクラブはなかなかに壮観であった。オリンピック国立公園近所のダンジネススピットのダンジネスクラブである。自分の訪れたところとリンクするのがまた感慨深い。この近所にスタバの一号店があると聞いていたが、パイクマーケットの端っこに大きな店舗があったので、確信が持てないままこれかなーと入店、メニューは普通のスタバ。でもこれは一号店ではなかった……。事前の調査ってのは大事だね。てか、店員に聞けば良かった。
昼ご飯はマーケット内のロシア料理店でとった。他はピザ屋、ハンバーガー屋、アフリカ料理、ビストロ…と多彩ながらいつも通りのラインナップであり、最も目新しく、かつ閑散としていたのがこのロシア料理店であった。ビーフストロガノフとピエロギをメインに頼んだら、サラダに加え小鉢を4種類ずつ選べるという。韓国料理か。勧められるままににんじんサラダや玉ねぎベーコン炒め、ザワークラウトなどをつけてもらい、さらにデザートもサービスするというからロシア風ティラミスとナポレオンをもらった。とんでもない量になってしまい、デザートは端から持ち帰りとした。ピエロギは水餃子みたいなもの。肉団子を小麦粉の皮で包んで茹でる料理は中国から東欧、イタリアまで存在するのかと思うと不思議な気分になる。どこかから伝わった調理法なのか、それとも各地で自然発生的に生まれたのか。人が考えることは洋の東西でそう変わらない気もする。でもデザートは伝わっていったものと思う。ロシアのティラミスはコーヒークリームを挟んだショートケーキであり、ナポレオンは大ぶりのパイで生クリームとカスタードクリームを混ぜたようなクリームがたっぷりはさんであった。ボストンに数ある東欧食材店のデリでもよく見かけるこの手のデザートは一度食べてみたかったので、ここで出会えて良かったなぁ。ティラミスはイタリア製のスポンジからコーヒーがじゅわっとしみ出す方が好みだが、まあそれはそれとして。
そこから街中を歩いて、壁一面がガラスでできたシアトル図書館へ。鉄筋とガラスの建物の内部は1階から5階まで吹き抜けていたり、カラフルな閲覧用のイスがかなり現代風であった。仙台のメディアテークを思い出す。そういえばメディアテークの模型はNYのMoMAにあったので、ここのもあったのかもしれない。
で、さらに南へ進むとパイオニアスクエアやクロンダイク国立歴史公園が。シアトルはネイティブアメリカンのシアトル酋長から名前を採った集落が始まりで、そこそこ栄えてきたのだけれども1897年の大火で街は殆ど焼失したらしい。すぐに復興に着手し、すわ復興景気かと思いきや世界恐慌に水を掛けられ、どうなることやらという状態になった。その直後、シアトルの人がカナダのクロンダイク金鉱を発見したという一報が入ると、まだこの時代はゴールドラッシュの名残があったらしく、アメリカ中から人が集まりあっという間に好景気に。シアトル以北のワシントン州内はおろか、カナダの西海岸もまだろくに開拓が進んでいない時代で、シアトルは重要な拠点だったらしい。金を手にして成功した人、手にできなかった人、彼らを対象に商売を初めて成功した人がいろいろと紹介されていた。その中でも、全米に展開するデパートNordstromの創業者が大きく採りあげられていたなぁ。
そしてついにセイフコフィールドに到着。セイフコってのは保険会社の名前らしいね。当日でもらくらく外野席のチケットを購入できる。フェンウェイとは違うなあ。開場までたっぷり時間があったのでグッズ屋へ立ち寄ると、店員が店内のテレビに注目して仕事の手が止まっている。チームの精神的支柱であったJrが引退するとの報道が流れ、みんなかなり動揺していた。ジュニアがやめちゃうんだって、知ってた? 今聞いたよ……といったやりとりがあちこちで起きており、なかなかレアな風景であった。18時に試合が始まり、いつものレッドソックス戦と比べるとかなり早く試合が進む。しかしながら、球場はとても寒い。イチロー選手も9回裏まで無安打で、両チーム無得点のまま延長戦に突入したので、見切りをつけて球場を出た。そしたら、10回裏でイチローのサヨナラヒットで勝ってしまった…しょぼん。もうちょっとがんばればよかったかな。でもこの夜は寒すぎたのでまあいいや。
一度宿に戻り、車に乗ってシアトルの夜景を見にシアトルセンターの北側の丘を登る。あっちこっち迷いながらなんとか公園に到達。寒いのに多くの人が写真を撮りに来ていた。
走行距離 7 mi.
5/18-6/8のカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州の旅行を振り返る
写真はこちら
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▼6/2 wed
せっかくシアトルに来たのでそれなりに街中観光をすることに。シアトル最大の目的はマリナーズ観戦なんだけど。
シアトルは非常に小さい町で、端から端まで歩くことも可能。宿のそばにニードルタワーで有名なシアトルセンターまでモノレールが走っていたが、乗り場まで南下するのは回り道になるので、ちょっくら歩いてみたら歩けちゃった。その道すがら、宿の近所のドーナツ屋で朝ご飯。へんぴな立地なのに次々に訪れる客にびっくり。その半分が日本人だったのにはなおびっくり。ちょっと日本だった。有名店なのかはよく知らず。ドーナツはダンキンよりも50セント高い分おいしかったかな。コーヒーも普通のドリップだろうになかなかのもの。ダンキンがんばれ!
シアトルセンターは観光シーズンがまだこれからとあって、噴水の水は抜いてあるわ、しかも今掃除中だわで、開店直後の品出し中のデパートに入っちゃった感じ。展望台のニードルタワーは雨の風景を見るのもなぁ、ってことで登らず、ロックミュージックのミュージアムもフィーチャーしてる歌手がちょっと古くてよく知らない人が多いので入らず、科学館はまあいいやとスルーして、果たして何しに来たのか不明。雰囲気を味わったのでよしとする。
ここから南下して、シアトルが誇る市場パイクマーケットへ。狭いスペースに工芸品や花、魚や謎のアジア玩具までいろいろな店が軒を連ねており、見て回るだけでも楽しい。残念ながら魚を投げると噂の魚屋でそのパフォーマンスを見ることはできなかったが、それでも大量に並べられたダンジネスクラブはなかなかに壮観であった。オリンピック国立公園近所のダンジネススピットのダンジネスクラブである。自分の訪れたところとリンクするのがまた感慨深い。この近所にスタバの一号店があると聞いていたが、パイクマーケットの端っこに大きな店舗があったので、確信が持てないままこれかなーと入店、メニューは普通のスタバ。でもこれは一号店ではなかった……。事前の調査ってのは大事だね。てか、店員に聞けば良かった。
昼ご飯はマーケット内のロシア料理店でとった。他はピザ屋、ハンバーガー屋、アフリカ料理、ビストロ…と多彩ながらいつも通りのラインナップであり、最も目新しく、かつ閑散としていたのがこのロシア料理店であった。ビーフストロガノフとピエロギをメインに頼んだら、サラダに加え小鉢を4種類ずつ選べるという。韓国料理か。勧められるままににんじんサラダや玉ねぎベーコン炒め、ザワークラウトなどをつけてもらい、さらにデザートもサービスするというからロシア風ティラミスとナポレオンをもらった。とんでもない量になってしまい、デザートは端から持ち帰りとした。ピエロギは水餃子みたいなもの。肉団子を小麦粉の皮で包んで茹でる料理は中国から東欧、イタリアまで存在するのかと思うと不思議な気分になる。どこかから伝わった調理法なのか、それとも各地で自然発生的に生まれたのか。人が考えることは洋の東西でそう変わらない気もする。でもデザートは伝わっていったものと思う。ロシアのティラミスはコーヒークリームを挟んだショートケーキであり、ナポレオンは大ぶりのパイで生クリームとカスタードクリームを混ぜたようなクリームがたっぷりはさんであった。ボストンに数ある東欧食材店のデリでもよく見かけるこの手のデザートは一度食べてみたかったので、ここで出会えて良かったなぁ。ティラミスはイタリア製のスポンジからコーヒーがじゅわっとしみ出す方が好みだが、まあそれはそれとして。
そこから街中を歩いて、壁一面がガラスでできたシアトル図書館へ。鉄筋とガラスの建物の内部は1階から5階まで吹き抜けていたり、カラフルな閲覧用のイスがかなり現代風であった。仙台のメディアテークを思い出す。そういえばメディアテークの模型はNYのMoMAにあったので、ここのもあったのかもしれない。
そしてついにセイフコフィールドに到着。セイフコってのは保険会社の名前らしいね。当日でもらくらく外野席のチケットを購入できる。フェンウェイとは違うなあ。開場までたっぷり時間があったのでグッズ屋へ立ち寄ると、店員が店内のテレビに注目して仕事の手が止まっている。チームの精神的支柱であったJrが引退するとの報道が流れ、みんなかなり動揺していた。ジュニアがやめちゃうんだって、知ってた? 今聞いたよ……といったやりとりがあちこちで起きており、なかなかレアな風景であった。18時に試合が始まり、いつものレッドソックス戦と比べるとかなり早く試合が進む。しかしながら、球場はとても寒い。イチロー選手も9回裏まで無安打で、両チーム無得点のまま延長戦に突入したので、見切りをつけて球場を出た。そしたら、10回裏でイチローのサヨナラヒットで勝ってしまった…しょぼん。もうちょっとがんばればよかったかな。でもこの夜は寒すぎたのでまあいいや。
一度宿に戻り、車に乗ってシアトルの夜景を見にシアトルセンターの北側の丘を登る。あっちこっち迷いながらなんとか公園に到達。寒いのに多くの人が写真を撮りに来ていた。
走行距離 7 mi.
ラベル:
4. 旅行,
4.13.旅-1006CA/OR/WA
ノースカスケード国立公園とオルカウォッチング CA・OR・WAの旅 その6
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5/18-6/8のカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州の旅行を振り返る
写真はこちら
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▼5/30 sun
朝から今回の旅で最も北に位置するノースカスケード国立公園へ向かう。時間的にも場所的にも、旅の折り返し地点である。旅の後半は、カリフォルニア州北部にあるシャスタ山からカナダまで続くカスケード山脈の有名どころに立ち寄っていく予定だ。
で、このノースカスケード国立公園、山地の谷間を東西に伸びる道路を走りながら、国立公園や近隣のナショナルフォレストなんかのポイントに立ち寄る場所であるが、一番の見所ワシントンパスのビューポイントは除雪作業が済んでおらず車で乗り入れることができなかった。幹線道路に車を停めて徒歩で到達したけど。峠の上からの眺めはなかなか壮観だった。他は……その付近は標高が高いだけあって、どのトレイルも深い雪に覆われていた。スキー装備でなければハイキングは不可能そう。さてどうしたもんか。この日は公園周辺に食事ができる場所がまったくなく、昼ご飯の準備なく午後になってしまった。一度公園の東の出口にある小さな町ウィンスロップまで下りて栄養補給することに。
ウィンスロップは開拓時代の街並みを再現して町おこしをしているらしい。その甲斐あって、日曜のこの日は人が溢れていた。町といっても幹線道路沿いに100mほど続く商店と小さな州立公園、その後ろに民家が少々見られるほどの小ささ。何も考えずに入ったピザ&ハンバーガー屋でラムバーガーを注文したら、絶品であった。空腹は何者にも勝るスパイスだね。いわゆる町のピザ屋ってのは結構当たりが多い気がする。もっと早くに気づいていれば良かったなぁ。
で、栄養補給したので一つくらいは雪中行軍するべく公園に戻り、Cutthroat trailへ。幹線道路からトレイルヘッドまで2マイルの道は、雪かきが済んでないでやんの。雪が溶けている轍に従って走るが、車体の下に氷があたってがりがり音がする。ハンドルも取られるし、こういうところは短時間であっても走るのは遠慮したい。予想通りにトレイルは完全に雪に埋もれていた。しかし物好きもいるもので、足跡がたくさんあってとりあえずルートはわかる。Cutthroatの名の由来となった湖へ向かってゴーである。
首切りトレイルというのも、一見なかなか物騒であるが、幸い人の首ではなく魚の首らしい。湖はその昔、魚が釣れて釣れてどうしようもなく、釣れた先から絞めるために魚の頭を落としたという。今はほとりに花畑の広がる湖の向こうに山々を眺められる、子供もウェルカムな夏のハイキングトレイルということだ。ところが5月末のこの日はまだまだ雪。2時間歩いたところですれ違った、帰り途中のハイカーに話を聞くと、とても湖までは到達できなかったとのこと。しかもまだ四分の一程度じゃないかと言う。2時間歩いたよ! 困った話だ。
トレイルはずっと湖から流れ出る川にそって敷かれており、湖へ向かうには途中で渡らないといけない。丸太橋が見えるものの、勾配の大きな雪の坂、しかも足跡がないものしか目の前にはないんだけど……という状態に陥りさらに迷うこと40分、吹きだまりにはまらぬように強引に下る。足の幅ほどしかない丸太橋の下を囂々と流れる雪解け水に足をすくませながら(実際、すくみすぎて這って進んだ)、なんとか渡るが、ここから先はついに足跡がなくなった。ろくにトレイルマップも持っていないため、ついに諦め戻ることに。この頃7時近く、山に囲まれた谷間は日陰になるのも早いので当たりは薄暗い。これ以上進むと遭難すること必至である。雪の上って歩くの大変だよなーと愚痴りながら、なんとか無事にトレイルヘッドまで戻ってこられて良かった。雪中行軍にはクロカンのスキーかスノーシューが必要だと思うよ、ほんと。
ここから更に2時間ほど東南に下り、カスケードループ最大の保養地シェラン湖の一つ手前の町ペテロスにて宿泊。到着したら22時を回っていた。
走行距離 274 mi
▼5/31 mon
宿泊したペテロスはバードウォッチングの名所で秋には多くの人が詰めかけるらしいのだが、私は早朝に起きられるわけもなく、いつも通り8時に起床。この宿でノースカスケードの観光用リーフレットをやっと入手。近隣には、国立公園や国営林以外の場所にもトレイルがたくさんあるらしい。昨日のうちに知りたかった。その中でも、花畑や湖を見ながら遠くにノースカスケードの山々が見えるという両得なコースがウィンスロップにあるらしい。ノースカスケード近隣の観光では、国立公園を東に抜けたら南側のシェラン湖を通ってぐるっと南回りに西へ戻るカスケードループを走るのが一般的なコースだが、ウィンスロップはすでに逆方向である。トレイルが5km近くあることから、最後は国立公園の中を西に戻ることにした。
ウィンスロップのそばには釣りができる湖がいくつもあり、トレイルはその中でも一番奥のパターサン湖の畔のパターサン山を登るというもの。トレイルヘッドには小さな看板が一つ立っているだけで、簡単に見落とす。誰が管理しているのかよくわからないだけある。が、昨日のカットスロートトレイルと違ってトレイルの周りは花畑が広がっており、ここにきて初めて「ハイキング」をしている気分になった。眼下に広がる花畑とトレイルヘッドそばの湖、遠くノースカスケードの頂に雪を冠した山々を眺めながら、山歩きの楽しさがなんとなくわかった。
なんて、楽しい気分でいられたのはほんのわずか。ここはそれほど高い山ではないが、勾配が大きくスイッチバックを辿ってもなかなかきついものがあり、すぐにくじけそうになる。しかも、雲行きがあやしくなり、遠くの山々が灰色の霧に覆われたと思ったらすぐに雨が降ってきた。雨は午後からの予報だったのに……。午前はいい天気だったため通り雨かと歩き続けたが、雨脚は強くなる一方。結局30分登ったところで諦めて下山した。たぶん2kmも歩いていない。歩き始めの眺望がすばらしかっただけに、本当に惜しいことである。もしもう一度ワシントン州に行くことがあれば、もう一度トライしなくてはいけないなぁ。びしょ濡れぶりは、車に戻った後に全身着替える必要があるほどであった。
国立公園内を昨日とは逆に辿り、宿へ。途中で湖に立ち寄ったりしたが、遠くの山々は雲がかかっていてよく見えず。雨ってほんと困るね。
走行距離 274 mi
▼6/1 tue
シアトル付近は野生のオルカ(シャチ)を見るツアーがポピュラーだ。ボストンのホエールウォッチングみたいなもの。観測できるポイントは、カナダとワシントン州が接する付近であり、シアトルから船に乗ると片道5時間の旅となってしまう。私は船酔いがひどいので、そんな長い航海には出ていられない。ところが、アナコルテスという北部の港町からも片道2時間のツアーが出ているという。それなら行ける! とアメリカではこれまたポピュラーな酔い止め薬ドラマミンを投与して、昼11時に出航したのである。
ツアーのコースは島の周りを一周する。前半はなかなかオルカが見られない。鯨と違って小さく、かなり遠いところに黒い背びれっぽいのが見えた気がする……という感じであった。しかしながら、ツアーもよくできていて後半に多数目撃できるポイントへ到達すると、かなりいた。オルカは単体でも泳いでいたが、つがいやそれに子がいる場合が多かった。オルカの動きにはいろいろと名前が付いているが、その行動の目的がなんなのかはよく分からないらしい。例えば、顔だけ海面に出すスパイボット。腹を見せて横に飛び上がるブリーチングを親子3体が次々に行ったときには、船中から感嘆の声が漏れた。ツアーでもブリーチングが見られるのは稀らしい。そのほか、遠くの無人島に鹿やマウンテンゴート、コンドルがゴマ粒のように見えたり、航路を示すポストでひなたぼっこするアザラシをほほえましい気持ちで眺めたりして、あっという間に4時間の旅路は終わる。酔い止め薬の効果がばっちりだったこともあって、楽しいクルージングとなった。
2時間半かけてシアトルまで南下し、街中の宿に泊。
走行距離 104 mi
5/18-6/8のカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州の旅行を振り返る
写真はこちら
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▼5/30 sun
朝から今回の旅で最も北に位置するノースカスケード国立公園へ向かう。時間的にも場所的にも、旅の折り返し地点である。旅の後半は、カリフォルニア州北部にあるシャスタ山からカナダまで続くカスケード山脈の有名どころに立ち寄っていく予定だ。
で、このノースカスケード国立公園、山地の谷間を東西に伸びる道路を走りながら、国立公園や近隣のナショナルフォレストなんかのポイントに立ち寄る場所であるが、一番の見所ワシントンパスのビューポイントは除雪作業が済んでおらず車で乗り入れることができなかった。幹線道路に車を停めて徒歩で到達したけど。峠の上からの眺めはなかなか壮観だった。他は……その付近は標高が高いだけあって、どのトレイルも深い雪に覆われていた。スキー装備でなければハイキングは不可能そう。さてどうしたもんか。この日は公園周辺に食事ができる場所がまったくなく、昼ご飯の準備なく午後になってしまった。一度公園の東の出口にある小さな町ウィンスロップまで下りて栄養補給することに。
ウィンスロップは開拓時代の街並みを再現して町おこしをしているらしい。その甲斐あって、日曜のこの日は人が溢れていた。町といっても幹線道路沿いに100mほど続く商店と小さな州立公園、その後ろに民家が少々見られるほどの小ささ。何も考えずに入ったピザ&ハンバーガー屋でラムバーガーを注文したら、絶品であった。空腹は何者にも勝るスパイスだね。いわゆる町のピザ屋ってのは結構当たりが多い気がする。もっと早くに気づいていれば良かったなぁ。
で、栄養補給したので一つくらいは雪中行軍するべく公園に戻り、Cutthroat trailへ。幹線道路からトレイルヘッドまで2マイルの道は、雪かきが済んでないでやんの。雪が溶けている轍に従って走るが、車体の下に氷があたってがりがり音がする。ハンドルも取られるし、こういうところは短時間であっても走るのは遠慮したい。予想通りにトレイルは完全に雪に埋もれていた。しかし物好きもいるもので、足跡がたくさんあってとりあえずルートはわかる。Cutthroatの名の由来となった湖へ向かってゴーである。
首切りトレイルというのも、一見なかなか物騒であるが、幸い人の首ではなく魚の首らしい。湖はその昔、魚が釣れて釣れてどうしようもなく、釣れた先から絞めるために魚の頭を落としたという。今はほとりに花畑の広がる湖の向こうに山々を眺められる、子供もウェルカムな夏のハイキングトレイルということだ。ところが5月末のこの日はまだまだ雪。2時間歩いたところですれ違った、帰り途中のハイカーに話を聞くと、とても湖までは到達できなかったとのこと。しかもまだ四分の一程度じゃないかと言う。2時間歩いたよ! 困った話だ。
トレイルはずっと湖から流れ出る川にそって敷かれており、湖へ向かうには途中で渡らないといけない。丸太橋が見えるものの、勾配の大きな雪の坂、しかも足跡がないものしか目の前にはないんだけど……という状態に陥りさらに迷うこと40分、吹きだまりにはまらぬように強引に下る。足の幅ほどしかない丸太橋の下を囂々と流れる雪解け水に足をすくませながら(実際、すくみすぎて這って進んだ)、なんとか渡るが、ここから先はついに足跡がなくなった。ろくにトレイルマップも持っていないため、ついに諦め戻ることに。この頃7時近く、山に囲まれた谷間は日陰になるのも早いので当たりは薄暗い。これ以上進むと遭難すること必至である。雪の上って歩くの大変だよなーと愚痴りながら、なんとか無事にトレイルヘッドまで戻ってこられて良かった。雪中行軍にはクロカンのスキーかスノーシューが必要だと思うよ、ほんと。
ここから更に2時間ほど東南に下り、カスケードループ最大の保養地シェラン湖の一つ手前の町ペテロスにて宿泊。到着したら22時を回っていた。
走行距離 274 mi
▼5/31 mon
宿泊したペテロスはバードウォッチングの名所で秋には多くの人が詰めかけるらしいのだが、私は早朝に起きられるわけもなく、いつも通り8時に起床。この宿でノースカスケードの観光用リーフレットをやっと入手。近隣には、国立公園や国営林以外の場所にもトレイルがたくさんあるらしい。昨日のうちに知りたかった。その中でも、花畑や湖を見ながら遠くにノースカスケードの山々が見えるという両得なコースがウィンスロップにあるらしい。ノースカスケード近隣の観光では、国立公園を東に抜けたら南側のシェラン湖を通ってぐるっと南回りに西へ戻るカスケードループを走るのが一般的なコースだが、ウィンスロップはすでに逆方向である。トレイルが5km近くあることから、最後は国立公園の中を西に戻ることにした。
ウィンスロップのそばには釣りができる湖がいくつもあり、トレイルはその中でも一番奥のパターサン湖の畔のパターサン山を登るというもの。トレイルヘッドには小さな看板が一つ立っているだけで、簡単に見落とす。誰が管理しているのかよくわからないだけある。が、昨日のカットスロートトレイルと違ってトレイルの周りは花畑が広がっており、ここにきて初めて「ハイキング」をしている気分になった。眼下に広がる花畑とトレイルヘッドそばの湖、遠くノースカスケードの頂に雪を冠した山々を眺めながら、山歩きの楽しさがなんとなくわかった。
なんて、楽しい気分でいられたのはほんのわずか。ここはそれほど高い山ではないが、勾配が大きくスイッチバックを辿ってもなかなかきついものがあり、すぐにくじけそうになる。しかも、雲行きがあやしくなり、遠くの山々が灰色の霧に覆われたと思ったらすぐに雨が降ってきた。雨は午後からの予報だったのに……。午前はいい天気だったため通り雨かと歩き続けたが、雨脚は強くなる一方。結局30分登ったところで諦めて下山した。たぶん2kmも歩いていない。歩き始めの眺望がすばらしかっただけに、本当に惜しいことである。もしもう一度ワシントン州に行くことがあれば、もう一度トライしなくてはいけないなぁ。びしょ濡れぶりは、車に戻った後に全身着替える必要があるほどであった。
国立公園内を昨日とは逆に辿り、宿へ。途中で湖に立ち寄ったりしたが、遠くの山々は雲がかかっていてよく見えず。雨ってほんと困るね。
走行距離 274 mi
▼6/1 tue
シアトル付近は野生のオルカ(シャチ)を見るツアーがポピュラーだ。ボストンのホエールウォッチングみたいなもの。観測できるポイントは、カナダとワシントン州が接する付近であり、シアトルから船に乗ると片道5時間の旅となってしまう。私は船酔いがひどいので、そんな長い航海には出ていられない。ところが、アナコルテスという北部の港町からも片道2時間のツアーが出ているという。それなら行ける! とアメリカではこれまたポピュラーな酔い止め薬ドラマミンを投与して、昼11時に出航したのである。
2時間半かけてシアトルまで南下し、街中の宿に泊。
走行距離 104 mi
ラベル:
4. 旅行,
4.13.旅-1006CA/OR/WA
15.6.10
まるごとオリンピック半島 CA・OR・WAの旅 その5
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5/18-6/8のカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州の旅行を振り返る
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▼5/27 thu
オレゴン州とワシントン州の州境となっているコロンビア川を渡り(長い橋だった…)、ワシントン州に突入した。朝から寄り道すべく、Cape Disappointmentへ向かった。このコロンビア川河口一帯はその昔Lewis君とClark君が時の大統領トマス・ジェファーソンに命じられて太平洋まで冒険しにきた場所だ。一行がやっと太平洋に着いたよわーい!と喜んだ岬が、実はコロンビア川に向かっていたのでした、がっかりだね、ということで「がっかり岬」と名付けられたとのエピソードがある。現代においても、眺望的にもちょっとがっかりかもなー、てな感じ。
気を取り直して、再び北上を続ける。ワシントン州の太平洋側は、オリンピア山を中心とするオリンピック国立公園に指定されている。水蒸気を多く含んだ海風が山にぶつかって雨を降らせるため(日本では珍しくない話だ)、山の麓には温帯雨林が広がり、Hoh Rainforestのように世界遺産に指定されている森もあるほど。そういえば、レッドウッドも世界遺産だった。
トレイルの敷いてある温帯雨林のうち、QuinaultとHohへ行った。いずれも、クラブモスというエアプランツが木の幹や枝にたくさんもさもさとくっついており、ずるずる感がたまらない。モミ、トウヒ、カバ、メープルと大きな木だけでも様々な種類があるが、だいたいどれもずるずるしていた。木の種類によっては、幹が酸性のためにクラブモスが付着できないものもあったらしいが気づけず。中には、ずるずるの重みで曲がってしまった木も。
ここもレッドウッドのように倒木が別の植物のナーサリーベッドになっており、森の生命の循環があるのだなと感動した。森に生きる生命に思いめぐらすと、その豊かさに圧倒される。
この二つの森を回る途中、海岸まで下りることになる。砂地の一部が赤いというRuby Beachに立ち寄るが、赤い部分は見つけられず。大きな流木がどっかんどっかんと流れ着いていたのが印象深い。太平洋の波の力ってすごいなあ。広い潮だまりを見つけたのでついつい水切り遊びに興じてしまった。初めて3段跳躍したよ! 12年ぶりの新記録である。言うまでもないが、習得したのは12年前だ。
この日はフォークスに宿泊。映画「トワイライト」の舞台となった小さな町で、モーテルの内装がぴかぴかだったことからトワイライト特需かなあと思った。あの映画の中の森の映像は確かに美しかった。
走行距離:260 mi.
▼5/28 fri
オリンピック国立公園に来たのだから、やっぱりオリンピック山の頂は眺めたい。Hurricane Ridgeがその場所である。が、天気が悪い。幹線道路を走っていても、山の中腹より上部は霧にけぶっている。この半島はオリンピア山一つだけではなく、プレートの移動によって隆起してできたために複数の山とその合間に湖や渓谷が見られる。ハリケーンリッジは、オリンピック山に近い別の山の上というわけだ。
しかしながら、見えないんじゃ行ってもしかたないし、翌日は多少晴れ間が見えるらしい。明日に回そう。ということでこの日はレイククレセントの脇で山中の小さな滝を眺めるちょっとしたトレイルを歩いたり、半島の北側にある砂州spitがすごいDungeness national wildlife refugeへ行ったり、半島の北側は海を挟んでもうカナダであるが、影響を受けたビクトリア調の小さな港町Port Townsendへ行ったりと、まあなんて言うか余った一日どうしようか的な過ごし方をした。
レイククレセントは山の中の湖といった様子で、芦ノ湖に似ていたが、霧が濃すぎて山の中腹より上は全く見えなかった。滝のトレイルの近所に、山の上に登って湖を眺めよう(ただしめちゃくちゃきつい勾配)的な別のトレイルがあり、挑戦しようか何時間か迷ってやめた。まあ登っても眺望は霧で視界が完全に閉ざされて登り損であったと思う。後ほど、その山トレイルについて現地の人に尋ねる機会があったが、自己鍛錬トレイルだと言っていた。眺めとか、そういう楽しみについては全く言及がなかった。
Dungeness national wildlife refugeは地図で確認できるほどに大きな砂州が海に伸びているところ。到着したときにはちょうど満潮で、砂州の先の灯台まで片道5mi.のトレイルは 完全に海の中であった。砂州の砂州の根本の断崖絶壁の松の上にはボールドイーグルが営巣している。私たちの車がカリフォルニアナンバーだと気づいて、親切 な現地の人がその居場所を教えてくれた。とても肉眼では見えない距離だったが、写真に撮ってヒナに餌をやっている様子がわかった。町に戻る際に松の木の下 を通ったら、二頭ものイーグルが枝に止まっていた。道のすぐ隣は住宅があるというのに……。ボールドイーグルは少し前まで絶滅危惧種であったし、去年のア ラスカ旅行でもはるか遠くに見えたらみんな大興奮していたのでレア鳥だと思っていた。ここワシントン州ではそれほど珍しくもないのだろうか。
現地人の言うところのPT、もといポートタウンゼントは、小さな港町ながら観光客と向かい(ワシントン州内)に渡るフェリーがあってそこそこにぎわっていた。チェーンでないカフェがたくさんあったのがアメリカには珍しい。この町までの道路の周りは完全に荒れ地で、陸の孤島のような状態だからかもしれない。町のシンボル的な建築だった裁判所や、1800年代後半に建築された建物が今も教会や住宅として残っており、町歩きが楽しい。1800年代といえば、入植時だろうか。時代を感じる。
この日は365日中300日が晴れというSequimに泊。到着したときは雨降ってたけど。
走行距離:164 mi
▼5/29 sat
外は小雨。山の方は朝から霧が立ちこめている。天気予報が「夕方から時々晴れ」に変わってしまった。Hurricane Ridgeは午後に回し、午前中はDungeness national wildlife refugeに再び訪れることに。
干潮時の砂州と言われても、目で見る分にはあまり違いが分からない。トレイルというほどの道もない。ただ礫海岸が昨日見たより少し幅広くなっている程度。とは言っても、砂州自体が結構太く、その地に降り立つと細く伸びているようには見えないのである。
崖の上の松林にまたもボールドイーグルが複数舞っていた。枝から枝へとみな同じ方向に移動していく。なんだろうと近づいてみると、崖を子鹿が走っていた。奴らは狩りをしていたんだろうな。ボールドイーグルは集団で狩りをしないはずなので、複数の鷲がそれぞれ獲物を狙っていたのだろうか。不思議だ。
天気が回復しないので、さらにElwha Riverをのぞいてみた。雪解け水のためかきれいなエメラルドグリーン。月曜がメモリアルデイという祝日のため、この週末は国立公園がごった返すと聞いてはいたが、こんな知名度の低いだろう場所のキャンプグラウンドまで盛況していたのにはびっくり。いや、本当はそれほどマイナーではないのかもしれないけど。
そしてついにHurricane Ridgeへ向かうことに。約45分、17マイルで1500mまで一気に駆け上がる。道路はヘアピンカーブの連続、なのに前方はとんでもない霧。15m先までしか見えないのもざらであったが、周りの車は速いね~。 がんばったよ、私。そして、やっとridgeにあるビジターセンターに到着したが、駐車場の範囲しか見えない。泣ける。2時間半ほどねばったが全く霧が晴れそうになく、まあウェブカメラで見るか、と諦めて下山した。そこそこ人はいたが、みんなさっさと帰るか、駐車場脇に寄せられた雪に大興奮する子供達の世話をするかのいずれか。親は大変だ。
ここから、オリンピック半島の北東にあるケンジントンからフェリーでPuget Soundを渡ってエドモンズに入り、その北の町エバレットにて宿泊。ケンジントンでカーナビが「take a ferry」って指示したのが笑えた。車一台$14、40分の航海であった。
走行距離:195 mi
5/18-6/8のカリフォルニア・オレゴン・ワシントン州の旅行を振り返る
写真はこちら
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▼5/27 thu
オレゴン州とワシントン州の州境となっているコロンビア川を渡り(長い橋だった…)、ワシントン州に突入した。朝から寄り道すべく、Cape Disappointmentへ向かった。このコロンビア川河口一帯はその昔Lewis君とClark君が時の大統領トマス・ジェファーソンに命じられて太平洋まで冒険しにきた場所だ。一行がやっと太平洋に着いたよわーい!と喜んだ岬が、実はコロンビア川に向かっていたのでした、がっかりだね、ということで「がっかり岬」と名付けられたとのエピソードがある。現代においても、眺望的にもちょっとがっかりかもなー、てな感じ。
気を取り直して、再び北上を続ける。ワシントン州の太平洋側は、オリンピア山を中心とするオリンピック国立公園に指定されている。水蒸気を多く含んだ海風が山にぶつかって雨を降らせるため(日本では珍しくない話だ)、山の麓には温帯雨林が広がり、Hoh Rainforestのように世界遺産に指定されている森もあるほど。そういえば、レッドウッドも世界遺産だった。
トレイルの敷いてある温帯雨林のうち、QuinaultとHohへ行った。いずれも、クラブモスというエアプランツが木の幹や枝にたくさんもさもさとくっついており、ずるずる感がたまらない。モミ、トウヒ、カバ、メープルと大きな木だけでも様々な種類があるが、だいたいどれもずるずるしていた。木の種類によっては、幹が酸性のためにクラブモスが付着できないものもあったらしいが気づけず。中には、ずるずるの重みで曲がってしまった木も。
ここもレッドウッドのように倒木が別の植物のナーサリーベッドになっており、森の生命の循環があるのだなと感動した。森に生きる生命に思いめぐらすと、その豊かさに圧倒される。
この二つの森を回る途中、海岸まで下りることになる。砂地の一部が赤いというRuby Beachに立ち寄るが、赤い部分は見つけられず。大きな流木がどっかんどっかんと流れ着いていたのが印象深い。太平洋の波の力ってすごいなあ。広い潮だまりを見つけたのでついつい水切り遊びに興じてしまった。初めて3段跳躍したよ! 12年ぶりの新記録である。言うまでもないが、習得したのは12年前だ。
この日はフォークスに宿泊。映画「トワイライト」の舞台となった小さな町で、モーテルの内装がぴかぴかだったことからトワイライト特需かなあと思った。あの映画の中の森の映像は確かに美しかった。
走行距離:260 mi.
▼5/28 fri
オリンピック国立公園に来たのだから、やっぱりオリンピック山の頂は眺めたい。Hurricane Ridgeがその場所である。が、天気が悪い。幹線道路を走っていても、山の中腹より上部は霧にけぶっている。この半島はオリンピア山一つだけではなく、プレートの移動によって隆起してできたために複数の山とその合間に湖や渓谷が見られる。ハリケーンリッジは、オリンピック山に近い別の山の上というわけだ。
しかしながら、見えないんじゃ行ってもしかたないし、翌日は多少晴れ間が見えるらしい。明日に回そう。ということでこの日はレイククレセントの脇で山中の小さな滝を眺めるちょっとしたトレイルを歩いたり、半島の北側にある砂州spitがすごいDungeness national wildlife refugeへ行ったり、半島の北側は海を挟んでもうカナダであるが、影響を受けたビクトリア調の小さな港町Port Townsendへ行ったりと、まあなんて言うか余った一日どうしようか的な過ごし方をした。
レイククレセントは山の中の湖といった様子で、芦ノ湖に似ていたが、霧が濃すぎて山の中腹より上は全く見えなかった。滝のトレイルの近所に、山の上に登って湖を眺めよう(ただしめちゃくちゃきつい勾配)的な別のトレイルがあり、挑戦しようか何時間か迷ってやめた。まあ登っても眺望は霧で視界が完全に閉ざされて登り損であったと思う。後ほど、その山トレイルについて現地の人に尋ねる機会があったが、自己鍛錬トレイルだと言っていた。眺めとか、そういう楽しみについては全く言及がなかった。
現地人の言うところのPT、もといポートタウンゼントは、小さな港町ながら観光客と向かい(ワシントン州内)に渡るフェリーがあってそこそこにぎわっていた。チェーンでないカフェがたくさんあったのがアメリカには珍しい。この町までの道路の周りは完全に荒れ地で、陸の孤島のような状態だからかもしれない。町のシンボル的な建築だった裁判所や、1800年代後半に建築された建物が今も教会や住宅として残っており、町歩きが楽しい。1800年代といえば、入植時だろうか。時代を感じる。
この日は365日中300日が晴れというSequimに泊。到着したときは雨降ってたけど。
走行距離:164 mi
▼5/29 sat
外は小雨。山の方は朝から霧が立ちこめている。天気予報が「夕方から時々晴れ」に変わってしまった。Hurricane Ridgeは午後に回し、午前中はDungeness national wildlife refugeに再び訪れることに。
干潮時の砂州と言われても、目で見る分にはあまり違いが分からない。トレイルというほどの道もない。ただ礫海岸が昨日見たより少し幅広くなっている程度。とは言っても、砂州自体が結構太く、その地に降り立つと細く伸びているようには見えないのである。
崖の上の松林にまたもボールドイーグルが複数舞っていた。枝から枝へとみな同じ方向に移動していく。なんだろうと近づいてみると、崖を子鹿が走っていた。奴らは狩りをしていたんだろうな。ボールドイーグルは集団で狩りをしないはずなので、複数の鷲がそれぞれ獲物を狙っていたのだろうか。不思議だ。
天気が回復しないので、さらにElwha Riverをのぞいてみた。雪解け水のためかきれいなエメラルドグリーン。月曜がメモリアルデイという祝日のため、この週末は国立公園がごった返すと聞いてはいたが、こんな知名度の低いだろう場所のキャンプグラウンドまで盛況していたのにはびっくり。いや、本当はそれほどマイナーではないのかもしれないけど。
そしてついにHurricane Ridgeへ向かうことに。約45分、17マイルで1500mまで一気に駆け上がる。道路はヘアピンカーブの連続、なのに前方はとんでもない霧。15m先までしか見えないのもざらであったが、周りの車は速いね~。 がんばったよ、私。そして、やっとridgeにあるビジターセンターに到着したが、駐車場の範囲しか見えない。泣ける。2時間半ほどねばったが全く霧が晴れそうになく、まあウェブカメラで見るか、と諦めて下山した。そこそこ人はいたが、みんなさっさと帰るか、駐車場脇に寄せられた雪に大興奮する子供達の世話をするかのいずれか。親は大変だ。
ここから、オリンピック半島の北東にあるケンジントンからフェリーでPuget Soundを渡ってエドモンズに入り、その北の町エバレットにて宿泊。ケンジントンでカーナビが「take a ferry」って指示したのが笑えた。車一台$14、40分の航海であった。
走行距離:195 mi
ラベル:
4. 旅行,
4.13.旅-1006CA/OR/WA
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