10.12.21
食事のあとに強烈な眠気に襲われる問題
3.12.21
あったかい
ばらの花は一日で大きく開いた。
段ボール箱のみかんは、いつもの倍以上の頻度で全部ひっくり返さないとすぐに皮にカビがつく。
野菜は安い。
この冬は寒くなる予報が出ているのに。いまこんなにあったかいと、いざその時が来たら体がついていけないな…。
2.12.21
司書講習を受けている。
夏から始まった司書講習も,後半のタームの半分まできた。毎週7コマ配信されるオンライン講義を見て,小テストを受け,記述式の課題を提出するのに必死の毎日だ。本当はここいらで働き口を探しながら学習をしたかったけれど,とても労働する余裕がない。講習申し込み時に単位ごとの受講の案内もあったが,働きながらこれを受け,一年で終了するのは大変なことだろう。いま受けている講座は,本来であれば夏場に二か月半で行われたものだ。それが昨今の感染症対策で,オンライン講座に切り替わった。したがって7か月に伸びただけ負担は薄まっているはずなのに,とてもそうは思えない。それに司書は単位取得で資格が付与され,特段の試験はない。それだけに,講義は重みを増すのかもしれない。
私が学部生のころの記憶を呼び戻してみると,司書や学芸員資格は教育学部外の学生向けの教職課程と同様に,希望者が本来のカリキュラムにプラスαで学ぶものだった。おそらく一年で単位をとりきるものではなかっただろうし,どれだけの需要があったかもわからない。私は法学部生だったので,司書は情報学のスペシャリストとは知っていても,法律とのリンクが見えなかった。
利用者が図書館の資料を使った調査研究をしたい場合,司書たる図書館員(ライブラリアン)が相談にのる。かつて滞在したコーネル大学で,夫がその相談サービス(レファレンスサービス)を利用した。その時に初めて知ったのだった。
司書は調査の専門家であり,調査内容の専門家ではない。その調査が真に利用者の満足にかなうかは利用者自身が決めることで,司書には価値判断をする余地はない。けれども,調査内容をある程度知らなくては,十分に調査できないのではないかとの疑問も湧いてくる。欧米の図書館,とくに大学図書館では,Ph.Dをもった各分野の専門家が司書として配置されていると聞く。→そうだ思い出した。サブジェクト・スペシャリストと呼ぶ。
まあこれは,大学図書館や専門図書館などで問われることだろうし,館種によっても求められる司書像は異なるだろう。利用者の種類によって要望の内容は変わる。
17.7.21
一汁二、三菜
ここ最近はこんな夕飯。
梅雨が明けてぐっと気温が上がってくると、冷房が行き届かない鰻の寝床の台所では火を使うのがしんどくなってくる。少し前に、電気煮込み鍋を使った「沼・マグマ・セメント」という完全食がバズっていた。独りならこれでいいな………と思ってしまった。
柔らかいものを好む次男を見ていると、咀嚼が必要な堅さはやっぱり必要だし、生野菜や果物のビタミン類も定期的に摂った方がよいだろうと考えてしまう。栄養をバランス良く並べるというよりも、情報を揃えるために料理をしている気がしてくる。
冬瓜とスペアリブを塩と酒だけで煮込んだのとか、とにかく調味料を極限まで減らした味を欲している。ミルクティーの牛乳すら濃く感じてしまって飲めない季節がやってきた。
24.6.21
時間は存在しない
少し前に、カルロ・ロヴェッリ「時間は存在しない 」を読んだ。
私達が考えている時間というものは、量子力学から見ると全く違ったもの、極言すれば存在しないものになってしまうというのを皮切りにして、サイエンスとヒューマニティーズを横断しながら最終的に、それでも私達が時間を確かに感じていることに寄り添う壮大なストーリーが展開されていた。
時間はない、から、たしかに感じるよねそれはそう、の差を埋めるのは、個々の事象の間に存在する因果関係だと言う。
因果の線で結ばれた小さな事物は出来事というまとまりとなって、私達は意識の上で受け止められる。それらを整列し、もっともらしく並び替え、さらに一段上から意味をあたえていく人間の営みが、時間というフィクションを生むのだと理解した。
だけどその最小単位の事象の発生はランダムだとしか思えない。この世の不思議は偶然性に成り立っていて、そのこと自体が私には不思議でならない。
それにしても、「時間は存在しない」とは刺激的な邦訳タイトルだと思う。原題は "L'ordine del tempo" 。「時間の順番」である。確かにこれでは未読だと想像がつかないし、ぱっと見のフックもない。でも通読したあとには、これこそが本書の核心だと共感できるのだ。
12.6.21
オランダの紫陽花は日本のより萼が厚めらしい
ありがたいなあ。私はそんなに人とうまくやりとりできる方ではないけれど、仲良くしてくれる人たちにはほんとうに恵まれたと思っている。
27.5.21
梅雨
去年は6月の終わり頃まで晴天が続き、日はまぶしいのに湿度低めの涼しい風が吹いていたと思う。今年は5月の半ばからまるで梅雨の時期のようなじめじめと暑い雨が降り始めた。
「梅雨入り」は、ああ、あの天候は確かに梅雨といってもいい、と判定されてはじめて遡って下される。関東の梅雨入りはまだ宣言されていない。
じわじわと状況は変わっているのに、誰もなにも宣言しない。変わる前のイメージを心の角膜に投影し続けている。眼球をおおいかぶせるフィルターを通して現実を眺めているつもりになって、その実、泥沼に沈み続けている。このさき今を振り返るとき、確かにあのときがターニングポイントだったと言えたとしても、周りになにが残っているんだろう。
応募した講座への当選通知は来月の半ばに届く。オンラインコースになって倍率が上がったことだろう。なんとか受かっていてほしい。待ちながら崖っぷちを覗きこんでいる気分。
8.4.21
行動力のある無能
とまあいろいろ書いてるうちに戸籍抄本ができた。いま、本籍登録してある区役所にきている。
大学の卒業証明書は昨年のうちにオンライン申請ができるようになっていた。発行手数料は20年前からお値段据え置き一通300円、郵送代100円。そしてシステム使用料450円。電車代と考えればまあいいのか? と渋々飲み込んで申請ボタンを押して,家を出てきた。
一番言いたかったのは、ここの区役所から大学まで地下鉄で一路線10分の距離ということで、450円払わずそのまま大学まで行けばよかったんじゃない?!?!と頭を抱えている。
いいや、新大久保でビリヤニ食べて帰ろ。
19.2.21
18.2.21
桃と菜の花
仕方なく、口の広い容器をだしてきたものの、高さが足りなくて転倒しそう。なんとも不恰好にいけている。
9.2.21
リングフィットしています
ようやくリングフィットを定価で買える状況になったので,先週導入した。三日続けて一日休んで,もう一日やって今日は休み。いろいろあるのよ。
今日は一年ぶりに健康診断にも行ってきた。簡易検診なので検査項目は少ない。生活習慣的なものしか見ておらず,私が一番気になっていた貧血は対象外。でも医者の問診で瞼,首,むくみ,腹部の触診などをしたうえで,とりあえず貧血はよさそうという見立てだったのでよかった。
covid-19が流行ってから,医者は診療中になるべく触らないようにしていると聞いた。実際うちの近隣の,近さだけを理由に数度訪れた医院では,ヒアリングと検査だけで薬を出してくる。
なので今回一通り診てもらえたのはよかった。
なお,三鷹にいるときにお世話になっていた内科では,どんな理由で訪れても上記の診察は一通りやってくれた。なんでも答えてくれるし,親切でいいお医者だったな…。
帰りにドラッグストアによってヘアオイルを買った。バラの香りがする,容器の中に花がつけてあるものだ。よく香るのはいいのだが,振り向くたびに夫の実家のお手洗いにいる気分になる。残念だ。
12.1.21
トランポリンで跳ねたら肩が痛んだ
2021年もよろしくお願いします。2020年,実は半年くらい短縮されてたよね。
昨年秋に夫の誕生日をスルーしてしまった分,クリスマスに全力投入した。パンプキンポタージュ,パプリカのムース,生ハムのプルーンとクリームチーズ巻き,キッシュ・ロレーヌ,ブッフブルギニニョン。キッシュは本当にいい出来だった。
Blogger Templates created by Deluxe Templates
Designed by grrliz