22.2.19

映画いくつか

年末から映画をいくつか見ては,すごく穿たれつつも消化しきれずにずっとお腹の中にため込んでいた気がする。


1 教誨師

昨年逝去した大杉漣がプロデューサーと主演を務めた映画。
教誨師とは,受刑者の心と向き合う人のことで宗教系の人が多いのかな。大杉漣がプロテスタントの死刑囚専門教誨師・佐伯となって, 何人もの死刑囚と対話を始める…という話。
順繰りに死刑囚が登場して,何周も重ねる会話の中でそれぞれの罪状や人となりが少しずつ明らかになっていきながら,同時に佐伯自身の事情も見えてくる。
罪の意識の軽重は人それぞれ。十分に反省していて実は不十分な裁判を経てここにきてしまったのではないかと疑いすら生じさせる人,そもそも現状の認識がずれている人,大事件を確信犯的起こしたのだと自分に言い聞かせている人…とまあいろいろ出てくる中で,最も大きな罪を犯したであろう若者に焦点をあててくる。この若者のお芝居が迫真的で,彼の山場はいつまでも頭から離れない。
死刑を言い渡されるということは,しでかしたことが相当ひどくて,裁判というプロセスにおいてもきちんと証拠調べがなされて間違いなくこの人が犯人だと確信がもたれているものと聞く。まして執行されるとすれば,再審にもかからず,十分に判決の確かさが関係者で共有されているものだろう。
死刑囚は,普通に生きている私たちからすればあちらの世界の人だ。
しかし,佐伯とともに彼らの話を聞くにつけ,彼らと私たちは壁一枚程度しか隔てていないものかもしれない,とも思う。同じ世界に住む人間には違いない。
でもやっぱり,普通はその壁は乗り越えない。他人を殺すなんてことはしない。
死刑囚の人々の境遇を聞きながら同情しそうになりつつも,それでも彼らの犯してしまった罪はなかったことにはできない。その手段をとらずにいられるためにはどうしたらよかったのか,ということを考えたくなる。けれどもそこで一番大きな制動をかけてくるのが,佐伯の過去だった。
この映画のことを思い出すと,何重にも思考が回り始める。簡素なつくりの非常に低予算な映画だけれども,いつまでも私の中に残っている。
こういう映画をつくろうとした大杉漣をなくしたのが本当に惜しい。


 2 愛と法

「弁護士夫夫」としてゲイカップルであることをカミングアウトしている弁護士を中心としたドキュメンタリーフィルム。国内よりも国外を意識しているのか,全編英語字幕付き。
社会的に少数派に属する人たちの問題に取り組む弁護士的側面から問題を拾い上げていくので,話題は彼ら自身のLGBT的な物語に限らない。ろくでなし子さん事件,無戸籍問題,シングルマザー,施設から出ざるを得なかった後見中の子。自分らしく生きていたいと思っても,それを実現するにはなんと障害の多いことか。やるせなくなる。
無戸籍については少しずつ復籍が進んでいるようで,そういった制度的な側面は少しずつ進展しているように思う。
だけれども,社会,他人,私たちが勝手に「世間」と呼んでいる目につきやすい意見は,まだまだ冷たいことが多い気がする。そりゃあ優しい人だっているけれども,たとえば8人に受け入れられたとして,残り2人に殺される勢いで否定されたらきっとダメージは受ける。そんな2人に出会う確率が,きっと彼らは平均よりも多い。
夫夫のうち,カズさんのお母さんは二人の関係を比較的すんなりと受け入れていたそうだ。パートナーのフミさんが後見人となっていた少年が施設にいられなくなり,一時的に二人の家に身を寄せた。この少年が二人のパートナーシップを自然にあるものとして受け入れる姿勢,カズさんのお母さんが家族という関係を広く捉えていることがこの映画全体の中でものすごく救いになる。カズさんの家族が映った集合写真の笑顔はとても美しかった。そしてこの少年は独立していく。
この映画の中でろくでなし子さんの作品を初めて見たのだけど,ものすごくアートだと思った。彼女は女性器を型取りしてオブジェにしている。その中でも,原発からの汚染水があふれ出る様子を表現したものにはとても目が引かれた。とても可愛らしいのよ。でもそこには現実を風刺する鋭い批判眼があった。


3 女王陛下のお気に入り(The Favourite)※ねたばれします

ユナイテッド・シネマの500円会員になると,毎週金曜は1000円で映画が見られる。そもそも毎週水曜はレディスデーなのでどこの映画館でも1100円になるが,水曜は都合が合わないことが多い。最近,近所に映画館が開いたので非常に助かる。全国規模の映画ならここで済む。
まあ依然として,上記12のようなのは街中まで行かねばいかんけれども。そこはそこで,朝8,9時台に上映開始の映画が1100円になるのですごい助かるのよねえ。ありがたい。そこはたいがい上映期間短いけど。2も最終日にやっと行けたんだよなあ。

それはともかく,ステュアート朝最後のアン女王の物語ということは,18世紀イギリス! 名誉革命で戴冠したオラニエ公ウィレムの次のクイーン! めっちゃ見たい! ということで行ってきた。
お転婆な娘が侍女に配置されて,偏屈女王様が心を開いていくハートフルストーリーと美しいイギリスの風景を眺めながら近代の幕が上がる…と勝手に想像していたら,とんでもない。そんな話はどこにもなかった。
イギリスの大奥だよこれ。ドラマの大奥は見てないけども。

時代考証は多分ものすごくやっている。厨房の仕事の様子,騎兵,馬車,パレスのインテリアなどなど,もう本当に豪華。眼福。お貴族さまたちもしょっちゅうくだらないあそびに興じている。もちろん,出てくる人たちはだいたい議員でもあるから,中には国のことを考えている人もいる,のか? いやないな。貴族は貴族で自分の領地のことを第一に考えているだろうし,女王陛下の味方をする人は,多分,女王という人,王制という制度に組しているのであって,広く国全体とは思っていない。おそらくこの時代はイギリスという国=クイーンだったろうから。
またお屋敷の庭,というか森がきれいでねえ。撮影は秋ごろだったのかな,ふかふかに積もった枯れ葉とか,ぼさぼさのびている広葉樹の落葉した枝とか,にもかかわらず乾燥している感じ。ほんといいわ。あーこれイギリスの森だって思った。映像は超絶きれいだった。眼は本当に楽しめた。

アン王女には古くからの友人のサラが第一側近みたいな感じで常についていて,また彼女はとある貴族の奥さんでもある。レディなの。だからその従妹のアビゲイルも貴族に連なる身分なのだけど,家が没落してしまい,なんとかサラの伝手でクイーンのお屋敷で働けないかとやってくる。というところから始まる物語。
いやこれが,百合・NTRになるとは本当に全然予想もしなくてねえ。事前にあらすじとか読まなかったからびっくりした。
冒頭から,サラは糖尿病を患う女王の手足,時には代わりに政治を動かし,超絶優秀で遠慮がない冷たい人,アビゲイルは頭の切れる親切な美しい娘,というように描かれていく。
けれども,実はアビゲイルは家の没落によって一度は娼館にまで身を落としたこともある。だからものすごく上昇志向が強い。
一方でサラは本心からアンに尽くしていた。国のことも考えている…のだけどこの人は自分の夫を戦争に出していて,そこはどうしたって守りたいんだよね。だから一度の勝利を収めても,講和に傾くことなく対仏戦争を継続することを要請する。自分の領地への重税を回避したい若い貴族議員がずっと講和を訴えているのだけど,サラは受け入れない。
アビゲイルはこれを好機ととらえてサラを貶めようとする…。

百合だけど全然甘くない。むしろ女王をめぐっての三角関係で,女同士の醜いばちばちがもうほんとにひやひやするし,あるあるって感じ。しかも輪をかけて悪いのは,女王様はこの状況を喜んでいる節があるの。サラとしてはたまらないよね。群像劇のはずが,いつの間にかサラにめちゃくちゃ感情移入してしまった。

女王役のオリヴィア・コールマンはおそらく糖尿病,かなり進行の進んでいる肥満体,をよく表していたと思う。まあでも女王は病むよ。こんな来歴があって,こんな環境じゃあなあ。アン女王は史実通りに描かれていたから。

イギリスという国全体の,特に名誉革命の後で王政は残ったものの,議会がだんだんと力を持ち,それまでの支配階級は少しずつ衰えていく時代だ。ささやかではあるけれども確実に,彼らの中には閉塞感が高まっていくのだろうと思われる。そのぐったりとした空気感がラストカットで表現されているのだろうな。いやー非常にいいね。この厭世的なエンド。くらーく終わって最高でした。
あと,イギリス人のむず痒い会話の応酬,めっちゃいいね。回りくどいと思えば突然すぱっと切り込んでくる感じ。冒頭のアンとサラのやりとりは軽妙で機知に富んでいて,とても賢いやりとりだった。ああいうの見るのすごい好き。
それからサラ役のレイチェル・ワイズはとても美しかった。私の好きな顔。

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