24.10.18

映画見てきた

一度行く予定が駄目になって、くさくさしてたら急に二日空いた。
てなわけでようやく行けたよ「恋のしずく」!!

以下全面的にネタバレしていきます。


1.あらすじ
ワインに強い興味を持つ大学生の詩織(川栄李奈)が,不本意にも実習先を酒蔵にされてしまった。日本酒のことは全然知らないし,お酒の席での失敗もあって,日本酒への忌避を隠しもしないで蔵へやってくる。蔵は蔵でお家騒動真っ只中,本当は実習受け入れはしないつもりだったけど,まあなんやかんやで受け入れてやることにしました。

蔵人(酒造りの実労働部隊)で酒米を卸している美咲がいきなりウェルカム態勢。田舎はこんなにオープンじゃないと思うんだけどな。杜氏も最初は詩織に疑いの目を向けていたけど,改心した様子を見せたらすぐにころっといった。この杜氏,ただのエロ親父みたいな部分もあり,若い娘に甘いのかもしれないなあ。

実習先である乃神酒造の蔵元(大杉連)は心臓病で先が長くない。息子の莞爾(小野塚勇人)は中学生の時に母親を亡くした際に泥酔していた父親に納得いかなくて,家業ごと酒から遠ざかっている。んだけど,200石の小規模の蔵で負債も山積み,病気の父親を目の前にして本当は家のために何かしたい。なのにやり方も分からないし助けてくれる人もいない(これまで自分で遠ざけてたんだけど)。で,地元の窯で生産した和食器を使って飲食店とのパイプ作りを目指したり,これからの酒造はデータでやると息巻くうさんくさいコンサル(これは有名なあのかわうその酒の二番煎じ野郎だな)と業務提携を持ち掛けたり,若さゆえの過ちっていうか,ぼんくら二世の大暴走みたいなことになってるんだな。
まあだけど,業務提携云々のところで息子が家を守りたいと思っているのが,杜氏や蔵人にもわかってもらえて,息子の態度が軟化してくる。そもそも蔵元が断ったはずの実習の受け入れを、独断で受け入れることにしたのがこの息子で、若い人に日本酒を伝えたいという動機もあったのだった。
まもなく父親が逝去して,遺品から母親の遺した筆が出てくる。父の酒造りを母が願っていたこと,母に応えようと父は母が死んだときにも必死に酒を飲んで研究していたことがわかって,いよいよ改心して跡を継ぐことを決める。
で,母が望んでいた新しい酒を蔵一丸となってつくり,無事にできて,命名は母の遺した「命なりけり」。酒造りは命を紡ぐこと。杜氏の教えがみんなの思いと一緒になって,いい大吟醸ができました。

詩織は実習期間が終わって帰るんだけど,電車の扉が閉まる瞬間に告白して,突然のことに戸惑って反応もできない息子。車窓に見える西条の海が眩しい。詩織が涙をこぼしつつエンド。

2.物語への雑感
この話ね,詩織がいなくても回るんだよ。というか,主役はどう考えても息子で,蔵の親子の確執から家族が再生するみたいな形を目指したのかなって思った。でも映画としてはそれだとすごい地味だし商売にならないだろうな。だから観客目線のキャラクターとして日本酒素人の詩織が配置され,彼女から見た,とある田舎で起こった平凡な,だけど彼らにはとてもかけがえのない日常を描いた話,となったように思えた。
詩織の存在意義は,あとはまあ,胡散臭いコンサルが実は詩織に前に粉かけてきた怪しいソムリエで,彼女の前で酒造ライセンスとノウハウ目当てだってべらべらしゃべっちゃうから,聞きつけた息子が騙されずに済んだこと。なんて偶然!(棒読み)
詩織は息子の母親にちょっと似てる(またそういうありがちな設定を…)ので,息子の態度の軟化に寄与した,のか?
せっかくリケジョ設定してるんだから,大吟醸を作りたいって息子が寝ぼけたことを言い出した時に,理系な意見を言わせてもよかった。物語の初めの蔵開きで「己のことは忘れろ」って杜氏に言わせてるし,酒造りが太古の昔から培われた知恵でできている,不思議で偉大なものだって考えを大事にするのはいいけど,そのままじゃ息子が危惧したとおりに乃神酒造はいつか死ぬ。新しい世代の風を吹かせてもよかったのに。
そう、詩織のリケジョ設定が完全にアクセサリーでしかないのが残念だった。味覚は鋭い、酒への理解もある、これと決めたら勉強熱心。ということは描かれていたけど、それが物語に直接作用しない。もったいない!
これはサブキャラクターたちにも言えることで、美咲の妊娠がたまたまこの「命なりけり」に取り掛かっているのと並行にわかったけれど、命を繋ぐということを添える意味しかなかったように思う。美咲と有重のエピソードにいたっては、詩織がいないときであっても成立するもの。
有重というキャラクターは重要だったよ。西条の地域で、実直にやっている酒蔵が三年連続金賞をとった、そこの跡取り。ということは、乃神も同じ価値観で酒造りをするのを善とするし、それに反するソムリエ野郎は排除されるべきとなるのは自然の流れ。
美咲とのやり取りの場面はもう少しあればよかった。告白するときに、幼馴染だったなどの大事な設定を言葉だけで説明されたのがもったいない。だったら乃神のこれまで寄り付きもしなかった跡取りとも知り合いだっただろうに。息子に代替わりしてからの一号もろみ初搾りの時になぜか同席していた有重くん、君の立ち位置は美咲の隣だろう! どうして蔵元の隣にいる? と思った。

「恋のしずく」というタイトルなんだから恋愛ものでもあるわけだけど,恋愛になる要素が少ない。
息子の莞爾はよく描かれてるんだよ。彼はもともと心根は優しい子。月命日に母の植えた花を活けて仏壇に供えようとするくらい。それが母恋しさでこじれちゃっただけのことだったし,解けていく過程をとても丁寧に描いていた。つまり,人間らしい成長の部分を詩織はずっと見てるわけで,その結果,詩織が息子を好きになるのはわかるんだよね。もっとこの先この人が頑張っていくのを見たい,応援したいってそりゃなるわ。観覧者目線でもそうだもん。
でも! それにたいして詩織という人間はどうなの? ちょっと説明が足りないんじゃないの? と言うのが一番の不満。
最後に詩織が好きだと言い逃げして泣くんだけど,なんでだろう。遠距離恋愛の障害は今どきあんまりないだろうなあ。函館に実習に行ってる同級生と夜な夜なビデオチャットしてるから。それに、恋をして泣くのは告白できない前段階か、もう少し後の段階では? 告白直後って盛り上がりすぎてもっと挙動不審になる気がする。アドレナリン出過ぎてると涙は引っ込むはず。もし、もう二度と会えない、きっとこの恋はこれで終わってしまうと思っていたのならば、もう少し、詩織にそういう色が見えたらよかったな。
莞爾の方は、まだ詩織には恋は感じてないと思う。告白されてようやく,ああこれってひょっとして? という始まりへの戸惑いが,ラストのプラットフォームに取り残される姿じゃなかったかなあと。もちろん、気になる存在にはなっていただろうけど。
もし,あの花を活ける場面で,切り花を手早く処理してくれた詩織にときめいたなら,どんだけお前は経験がないのか!(すごく婉曲的な表現)とどつきたい。が、それはあるだろうな。その後から、莞爾は詩織にだけ急に心境を告白し始めたからなあ。私としては、もちろんその場面がきっかけで親近感は湧いたのだろうけど、詩織が他所者であり、ちょっと遠い人だからこそ自分のことを話せる心境だったと捉えたい。西条は田舎で皆に跡取りのことを言われてしまう閉塞感を息子はずっと感じてきた、というように物語冒頭から描かれていたから。
 
3.酒造りについて
高級酒って麹から普通のと作り方違うらしいね。それに生酛ってそれ用の酵母を加えるようだし,途中まで酒造りが進んだ段階で,やっぱこっちやる,って切り替えられるものじゃないと思うんだよね。それで,まあまあの出来の酒が絞れたわけで。ファンタジーだ。

この点,漫画の「もやしもん」は酒蔵の息子が大学の研究室や仲間たちと必死に作るエピソードがあるんだけど,こっちは個性が強すぎてそのままじゃ売れないなという出来だったの。まあでも,杜氏の入ったプロの酒が別途並行して作られてて,そちらは比較的無難だけど及第点という出来だったので,両者をブレンドして商品化しよう,大学で一括で買い取ろう,という結末だった。次年度にもつながっていくし,一過性の話ではなかった。

最初はうまくいかなくて当然だと思うのよ。映画はとんとん拍子すぎた。できた酒の販路も決まってないしね。この先が心配だわ。

4.役者のこと
以上,物語のところはいろいろ言いたいことはあるんですけど,この映画の私の目当ては息子の莞爾を演じた小野塚勇人であった。
映画で見るのは2015年の「丑刻ニ参ル」以来。芝居が細かくなってるなって思った。眼球をきょろきょろさせるとか,目を細めるとか,口角の上げ方や頬のこわばり方,笑い方の制御がすごい繊細になってたなあ。
一番光ってた表情は、飲み比べのときの宣戦布告。挑発に乗ってやろうかどうしようか、完全アウェイ(と本人だけが思っている組合の寄り合い)でぶすくれてる表情を自分でも持て余している、けれどやっぱり乗ってやるぜ、という微妙に嬉しそうな顔! 役者を100%有効活用していたな。
ほかに覚えているのは歩き方。両親のことをよく知っている宮司に母親のことを尋ねているときの、やや緊張しているのかひょこひょこ飛び跳ねるような歩き方,橋づくしで願掛けをしているときの頭と肩の位置がまったく上下しない平行早歩き,詩織の橋づくし後に,彼女と一緒にリラックスした気分で神社の階段を降りるときのチンピラ歩き(これはキャリアがあるね! さすがLDHの人)。
あ,チンピラ歩きのときに詩織に振った「絵馬に何書いたの。あ,身長ほしいって?」ってのはアドリブだろう! と思いました。
苦悩している芝居,閉塞感にさいなまれる芝居は相変わらず素晴らしかった。そもそもその手の役しかやってないだろう! 今度はもっと恋愛的にどろどろになってる芝居を見たい。

川栄李奈のラストの泣き顔はとてもよかった。この人は抑えた芝居がほんとうまい。川栄さんは良かったけど、詩織というキャラクターが惜しかったな。 

大杉漣は迫真に満ちていた。直前の印象が「バイプレイヤーズ」だったので、なおさら注目した。息子と言い合いして狭心症の発作が起きた芝居にはハラハラしたもの。ニトロがあってよかった。でも息子はそんな頓服薬の存在すら知らなかったのよね。
父親からすると無念だったろうな。早くに妻を亡くして、遺品を箪笥の奥の方に隠すようにしまってあり、どれだけ大切にしていたか。なのに結局、妻が応援してくれた大吟醸には自力では到達できなかった。それだけでも切なくなるのに、息子には誤解されて反発され続けた。最後の最後、息子がせめて家を大事にしたいと思っているのがわかってどれだけ肩の荷が下りただろう。けれども、もう思い残すことはないということは、生への執着を手放すのと同じ。西日の縁側で、父親の輪郭が儚く消えてしまいそうだった。思い出すだけで胸が締め付けられる。あの次の場面が葬式なのひどいよ! 美咲の父親である宮司がぐでぐでに酔っ払って泣きながら息子に跡継げ! って絡むの、本当に泣けた。そして絡まれた息子に喪失感・後悔・焦燥、ありとあらゆる不安定な気持ちが増幅していくのが手に取るようにわかった。沈痛な精進落しで臨席した誰もが苦しかっただろうな。それだけ大きな存在だったんだよね、父親が。
そういう蔵元像が、劇途中までの出演にも関わらず、ちゃんと描かれていたのがすごかったし、演じた大杉漣もすごかった。

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