この地で暮らすのもあとひと月と少しになった。
ここでの記録をしばらくつけて、移転後に過去を懐かしむ手がかりにでもしようと考えた。けれどおそらく三日後くらいには、代わり映えしない毎日をただ記載しているだけだと気づいてフェードアウトしていくだろう。
今年は暖かいのが本当に助かる。数日前、市美術館へやっと訪れた。いまは浮世絵展を開催している。若冲以来の江戸絵画で、MFAでもろくに見てこなかった日本の芸術だ。
これが、じっくり眺めたらとても興味深かった。
浮世絵は版画だ。ということは、ある程度の疎な密度で絵を描かなくてはいけない。現実を捨象して、画家の捉えた世界が再度浮かび上がる。まるで漫画の技法だと思った。
小さな判型の中に印象深く収まるように、北斎や広重の自然の切り取り方は計算されているようでいながら、天性の勘でばしりと決めているようでもあった。自分に引き落としてみると、こんな構図で写真を撮ってみたいと思った。また、広重の美人図は髪型に命を注ぎ込んでいると思った。それに手。たおやかで艶のある手の様相には絵師の執着を感じた。しかしそれに比べて雑に広げた胸元に覗く乳房はあまりにそっけない描かれ方をしていて、そういえば江戸時代は女性の胸部にはいまほど性的な意味合いが付されていなかったのを思い出した。
ところでこれはスマホで書いているので、操作性が悪すぎて非常にストレスがたまる。腹立たしいことが多い。なぜ文末にあたるところに送信ボタンがあるのか。カーソルを合わせて改行したかっただけなのに、タップはボタンに反応した。
それに変換も。とりわけ無変換で確定したいときに、変換候補の一番を勝手に選ぶ場合がある。そうすると、頼んでないのに助詞の「は」をひたすら「ば」と確定し、私はそれを削除キーで一字消し、ふたたび「は」をフリック入力するとまた「ば」と確定する。3回くらい繰り返したのち、別の変換候補を選んで消すことで謎の順位はリセットされ、「は」が一番に繰り上がる。全く意味がわからず、ただフラストレーションだけがのこされる。
簡単に扱えるキーボードがほしい。具体的にいえば、iPadにキーボードカバーをつけたい。ずっと言っているが叶わず一年近くが過ぎてしまった。
24.2.20
14.2.20
親知らず協奏曲 その2
それで、さっき残りの右上下二本を抜いてきたわけです。
前回、CTを撮った感じだとやっぱり下は埋没していて、しかも今回は露出もしてない(今回は「交通してない」と医師は言った。外界と接していないということらしい。でもググってもひっかからない) 。よって切開・歯を覆う下顎の骨を削り・引っこ抜くという三段構えとなる。 前回はその骨を削るのがすんなり行かなくて、誰も彼もがグロッキーになったのだった。
今回は先生が対策を練ってきてくれたらしく、骨を削るだけでなく、歯の出っ張りをカットすることにしたらしい。あっという間に引っこ抜かれた。かかった時間は同じくらいではあったけれども。
一番痛かったのは縫合だった。いまは痛みは基本的に全部とっていく流れなのでありがたい。痛かったら我慢しなくていいのほんと助かる。ばんばん麻酔を追加してくれて、いまもなお、口の端から血混じりの唾液が降りてきている。でもこうしてだらだら日記を書く余裕があるので、余裕なんだな。
やっぱりね、精神状態は大きいよ。ブルーな気分は全身に影響する。明日はきっと発熱しないんじゃないかな。
それに昨日から春のように暖かいのもいい。外が明るい。それだけで気持ちが上がる。来週またぐっと下がるみたいだけど。
昨日、気持ちのよい風が吹いてくるなあと、家の窓を全開にしていた。暖かな空気が全身に吹き付けられて、室内でも快適に過ごしていたんだよ。
そして、夕方になって気づいた。エアコンが24度の風をずーっと吹き出していたのを。ばかじゃん!
さて薬局へ行って、点検に出している車を取りに行かなくては。
ちゃくちゃくと、福岡を去る日が近づいてきている。でも最後までやることがあるんだよー。次男の幼稚園のあれとかこれとかそれとか。
前回、CTを撮った感じだとやっぱり下は埋没していて、しかも今回は露出もしてない(今回は「交通してない」と医師は言った。外界と接していないということらしい。でもググってもひっかからない) 。よって切開・歯を覆う下顎の骨を削り・引っこ抜くという三段構えとなる。 前回はその骨を削るのがすんなり行かなくて、誰も彼もがグロッキーになったのだった。
今回は先生が対策を練ってきてくれたらしく、骨を削るだけでなく、歯の出っ張りをカットすることにしたらしい。あっという間に引っこ抜かれた。かかった時間は同じくらいではあったけれども。
一番痛かったのは縫合だった。いまは痛みは基本的に全部とっていく流れなのでありがたい。痛かったら我慢しなくていいのほんと助かる。ばんばん麻酔を追加してくれて、いまもなお、口の端から血混じりの唾液が降りてきている。でもこうしてだらだら日記を書く余裕があるので、余裕なんだな。
やっぱりね、精神状態は大きいよ。ブルーな気分は全身に影響する。明日はきっと発熱しないんじゃないかな。
それに昨日から春のように暖かいのもいい。外が明るい。それだけで気持ちが上がる。来週またぐっと下がるみたいだけど。
昨日、気持ちのよい風が吹いてくるなあと、家の窓を全開にしていた。暖かな空気が全身に吹き付けられて、室内でも快適に過ごしていたんだよ。
そして、夕方になって気づいた。エアコンが24度の風をずーっと吹き出していたのを。ばかじゃん!
さて薬局へ行って、点検に出している車を取りに行かなくては。
ちゃくちゃくと、福岡を去る日が近づいてきている。でも最後までやることがあるんだよー。次男の幼稚園のあれとかこれとかそれとか。
14.1.20
親知らずを抜くということ
先週の金曜、親知らずを二本抜いた。左側の上下。現段階で腫れたり虫歯だったりといったトラブルはなかった。予防医療というやつだ。上も下も一つ前の臼歯のエナメル質の下側に突き刺さるように生えている。ただし、上は露出しているものの下はまだ。
歯肉を切開してすぐに、医師が不顕性露出だからやっぱり抜くしかない、と自信ありげに言った。ググってもその単語は引っかからない。
当日は大変だった。歯医者は口腔内の土建屋だと聞いたことがあるが、本当に土木工事をなされている気分だった。歯そのものをハンマーで砕き、歯を覆う骨をドリルで削り、根本を緩ませて強引に引っこ抜く。頰の内側を強く広げられたのと、顎を外から押さえられたのがなにより痛かった。切開した歯肉は最後に縫合されて、まだこのあと抜糸に行かなくてはいけない。
帰宅後、麻酔の影響もあってとにかくだるく、精神的にも沈んでいた。よくそんな体で子どもを習い事に送り届けられたと思う。がんばった。えらかった私。
そもそもこの処置の前日から相当ブルーだったのだが、終わった後にこそ、漠然とした不安がそのまま体に出てきたようだった。口を開けると顎は痛いし、流動食を飲み込むと口腔内に勝手に広がるから悶絶するほど滲みる。逃げ場がない。空腹感はあるのに食べられない。咀嚼できるかできないか、口腔からの食物摂取ができるかどうかはQOLに大いに影響する。胃瘻反対。いろんな呪詛を吐きながら、舌が患部に触れないよう、血混じりの唾液を垂れ流しながらこの日は早々に床についた。
そうしたら翌土曜の朝の発熱よ。口の中は腫れて痛いし、舌をそっと動かしてみると頰の裏側に大きな水ぶくれのようなものがある。もうやだ。この日は午後に消毒の予定があったので、ブルーな気持ちを引きずって診察を受けた。
普段、薀蓄を朗々と述べる医師も、沈んだ私を見たらさすがに心が痛んだらしい。目に輝きがないね、と言われる。むりです。いたいもん。水でさえすごく滲みるのがつらい。医師は解せない顔をして、滲みるってことはないんだけどなあと首をひねった。
とはいえ、私にとってはとても起こるとは信じられないほどの土木工事でも、歯科医師にとっては特段難しい処置ではなかったということ、現段階で細菌感染はありえないということを説明されてすこし気が楽になる。診察後、おそらく5ミリほど大きく口が開くようになった。過去に私は、精神的なものがよく身体に現れていたことを思い出した。
思えば、歯のことなど何も知らなかったのだ。歯がどういった構造で生えているのか、生きている歯を強引に抜いてしまったら、どのような経緯をたどるのか。
今かかっている歯科医師は、抜歯後の歯茎に空いた穴がどう回復するのかを図説を交えて説明してくれるタイプだ。疑問に思ったことにきちんと答えてくれる。だから信頼しているし、その医師が10~15年後に絶対苦労すると言うから、今回も親知らずを抜いた。
それでも、やってみないとわからないことが多すぎた。見通しが立たないと不安になる。健康と病気は、生死に直結するからだ。不安になれば、中途半端に聞きかじった話が私を疑心暗鬼にさせる。歯の細菌が脳にまわっていたらどうしよう、とかね。医師は懇切丁寧に私の不安を払拭してくれたけども。
健康か病気か、自力で予測ができない状態は困る。だからといって、たとえばここで医学的な学習を始めたとしても、結局、いつまでも不安状態は解消されない気もする。知らないことが膨大すぎる。
10年前にハーバードのエクステンションでPhysiology and anatomyのクラスを聴講した。土曜の夜、そのときに購入した解剖図説を引っ張り出してみた。
歯は顎の骨から直接生えているものだ。下の歯の場合、歯の根本は歯肉の上皮組織が覆い、それは頰から歯茎を経て舌の付け根まで一枚状となっている。上皮はepithelium。そうだそうだ、そういう単語があったと思い出す。画像と舌の触感から湧く立体イメージが重なりそうになり、なんとなく落ち着いてくる。しかしまだ鎮痛剤は飲んでいる。
今日で処置から4日が過ぎた。顎に響く鈍痛は消えたものの、口はまだ満足に開かない。顎関節一体が痛い。処置部分が引きつって痛みがあるのか、関節そのものに整形外科的ななにかが影響しているのかはわからない。
とりあえずドーナツさえも厚みがネックで、せっかくのピエール・エルメ監修ミスドのキャラメルソースショコラを半分に分解して口に運ぶことになった。MUJIのブールドネージュも直径が大きすぎて、齧りながら食べざるを得ない。しかもクラッシュアーモンドが触れると刺激がある。入れ歯の苦労に似ている。やはり歯は健康でありたいなとつくづく思う。
右側、抜く必要あるんかな。
歯肉を切開してすぐに、医師が不顕性露出だからやっぱり抜くしかない、と自信ありげに言った。ググってもその単語は引っかからない。
当日は大変だった。歯医者は口腔内の土建屋だと聞いたことがあるが、本当に土木工事をなされている気分だった。歯そのものをハンマーで砕き、歯を覆う骨をドリルで削り、根本を緩ませて強引に引っこ抜く。頰の内側を強く広げられたのと、顎を外から押さえられたのがなにより痛かった。切開した歯肉は最後に縫合されて、まだこのあと抜糸に行かなくてはいけない。
帰宅後、麻酔の影響もあってとにかくだるく、精神的にも沈んでいた。よくそんな体で子どもを習い事に送り届けられたと思う。がんばった。えらかった私。
そもそもこの処置の前日から相当ブルーだったのだが、終わった後にこそ、漠然とした不安がそのまま体に出てきたようだった。口を開けると顎は痛いし、流動食を飲み込むと口腔内に勝手に広がるから悶絶するほど滲みる。逃げ場がない。空腹感はあるのに食べられない。咀嚼できるかできないか、口腔からの食物摂取ができるかどうかはQOLに大いに影響する。胃瘻反対。いろんな呪詛を吐きながら、舌が患部に触れないよう、血混じりの唾液を垂れ流しながらこの日は早々に床についた。
そうしたら翌土曜の朝の発熱よ。口の中は腫れて痛いし、舌をそっと動かしてみると頰の裏側に大きな水ぶくれのようなものがある。もうやだ。この日は午後に消毒の予定があったので、ブルーな気持ちを引きずって診察を受けた。
普段、薀蓄を朗々と述べる医師も、沈んだ私を見たらさすがに心が痛んだらしい。目に輝きがないね、と言われる。むりです。いたいもん。水でさえすごく滲みるのがつらい。医師は解せない顔をして、滲みるってことはないんだけどなあと首をひねった。
とはいえ、私にとってはとても起こるとは信じられないほどの土木工事でも、歯科医師にとっては特段難しい処置ではなかったということ、現段階で細菌感染はありえないということを説明されてすこし気が楽になる。診察後、おそらく5ミリほど大きく口が開くようになった。過去に私は、精神的なものがよく身体に現れていたことを思い出した。
思えば、歯のことなど何も知らなかったのだ。歯がどういった構造で生えているのか、生きている歯を強引に抜いてしまったら、どのような経緯をたどるのか。
今かかっている歯科医師は、抜歯後の歯茎に空いた穴がどう回復するのかを図説を交えて説明してくれるタイプだ。疑問に思ったことにきちんと答えてくれる。だから信頼しているし、その医師が10~15年後に絶対苦労すると言うから、今回も親知らずを抜いた。
それでも、やってみないとわからないことが多すぎた。見通しが立たないと不安になる。健康と病気は、生死に直結するからだ。不安になれば、中途半端に聞きかじった話が私を疑心暗鬼にさせる。歯の細菌が脳にまわっていたらどうしよう、とかね。医師は懇切丁寧に私の不安を払拭してくれたけども。
健康か病気か、自力で予測ができない状態は困る。だからといって、たとえばここで医学的な学習を始めたとしても、結局、いつまでも不安状態は解消されない気もする。知らないことが膨大すぎる。
10年前にハーバードのエクステンションでPhysiology and anatomyのクラスを聴講した。土曜の夜、そのときに購入した解剖図説を引っ張り出してみた。
歯は顎の骨から直接生えているものだ。下の歯の場合、歯の根本は歯肉の上皮組織が覆い、それは頰から歯茎を経て舌の付け根まで一枚状となっている。上皮はepithelium。そうだそうだ、そういう単語があったと思い出す。画像と舌の触感から湧く立体イメージが重なりそうになり、なんとなく落ち着いてくる。しかしまだ鎮痛剤は飲んでいる。
今日で処置から4日が過ぎた。顎に響く鈍痛は消えたものの、口はまだ満足に開かない。顎関節一体が痛い。処置部分が引きつって痛みがあるのか、関節そのものに整形外科的ななにかが影響しているのかはわからない。
とりあえずドーナツさえも厚みがネックで、せっかくのピエール・エルメ監修ミスドのキャラメルソースショコラを半分に分解して口に運ぶことになった。MUJIのブールドネージュも直径が大きすぎて、齧りながら食べざるを得ない。しかもクラッシュアーモンドが触れると刺激がある。入れ歯の苦労に似ている。やはり歯は健康でありたいなとつくづく思う。
右側、抜く必要あるんかな。
9.1.20
あけた / テルアビブ・オン・ファイア
今週から平日が始まって、なんのかんので予定があって困る。小学校へ行ってみたり、幼稚園に行ってみたり、来週の保護者会のための書類を作って…まだ着手してない、今週末は園の行事だ。
今週封切りの映画を二本楽しみにしていたのではよ行きたい。行けるときがあるとでも? 諸々がんばりたい。
去年から中東映画と韓国映画が面白いので、そろそろアラビア語とハングルを学ぶべきではないのかと考え始めている。映像に映り込む新聞の見出しとか、登場人物が着替えたシャツのロゴとか、読み取りたいんだよ。そういうところに大切な情報が隠れているかもしれないじゃん。
先日、「テルアビブ・オン・ファイア」を見た。
テルアビブ(イスラエル)のパレスチナ系のドラマ制作スタジオを舞台にした、パレスチナ系イスラエル人脚本家とユダヤ系イスラエル人エルサレム検問所主任とのおかしな交流を描いたコメディ映画。「テルアビブ・オン・ファイア」は劇中劇のタイトルで、第三次中東戦争の直前に、アラブ系のスパイがユダヤ系の将校に取り入ってどうにかしようとする愛憎劇なんだけど、主任が口出しした脚本が思いの外ヒットして、脚本家は彼のところへ通いはじめる。そしたら主任はスパイと将校を結婚させろと言い出して…と始まる話。
劇中劇の民族対立は決して過去の話ではない。このドラマ制作会社においても、中東戦争にどっぷりつかった上の世代は、スパイと将校が結婚するなんて絶対ありえないと抗議する。スポンサーが手を引くことを恐れ、自分たちの信念としても考えられない。
でも主人公たちの世代はもっと柔軟なんだよね。主任は脚本にアドバイスをする対価として、アラブのフムスを要求する。イスラエルも食べるはずなのに、わざわざ「アラブのフムスがうまい」と発言する。それに、検閲官をやめたくてしかたない。
そもそも主人公の脚本家だって、主任をユダヤ系と知っていてアドバイスを乞う。そこに憎しみのようなものはない。
そうして劇中劇のラストはあっと驚く別の結末を迎え、新しい世代で次シーズンの制作にとりかかる。ほわっと温かい気分になるラストだ。
ただ、この結末には、映画のように登場人物がみな裕福な暮らしをしていることが必要不可欠だとも思った。主人公がパレスチナ系イスラエル人なのがミソなんだと思う。パレスチナ難民ではない。だからこそ実現した世界ではなかったかなあと考える。
しかし、劇中劇の結末部分の衝撃よ。劇場内が驚きと笑いでざわざわしたし、私も変な声が出た。
今週封切りの映画を二本楽しみにしていたのではよ行きたい。行けるときがあるとでも? 諸々がんばりたい。
去年から中東映画と韓国映画が面白いので、そろそろアラビア語とハングルを学ぶべきではないのかと考え始めている。映像に映り込む新聞の見出しとか、登場人物が着替えたシャツのロゴとか、読み取りたいんだよ。そういうところに大切な情報が隠れているかもしれないじゃん。
先日、「テルアビブ・オン・ファイア」を見た。
テルアビブ(イスラエル)のパレスチナ系のドラマ制作スタジオを舞台にした、パレスチナ系イスラエル人脚本家とユダヤ系イスラエル人エルサレム検問所主任とのおかしな交流を描いたコメディ映画。「テルアビブ・オン・ファイア」は劇中劇のタイトルで、第三次中東戦争の直前に、アラブ系のスパイがユダヤ系の将校に取り入ってどうにかしようとする愛憎劇なんだけど、主任が口出しした脚本が思いの外ヒットして、脚本家は彼のところへ通いはじめる。そしたら主任はスパイと将校を結婚させろと言い出して…と始まる話。
劇中劇の民族対立は決して過去の話ではない。このドラマ制作会社においても、中東戦争にどっぷりつかった上の世代は、スパイと将校が結婚するなんて絶対ありえないと抗議する。スポンサーが手を引くことを恐れ、自分たちの信念としても考えられない。
でも主人公たちの世代はもっと柔軟なんだよね。主任は脚本にアドバイスをする対価として、アラブのフムスを要求する。イスラエルも食べるはずなのに、わざわざ「アラブのフムスがうまい」と発言する。それに、検閲官をやめたくてしかたない。
そもそも主人公の脚本家だって、主任をユダヤ系と知っていてアドバイスを乞う。そこに憎しみのようなものはない。
そうして劇中劇のラストはあっと驚く別の結末を迎え、新しい世代で次シーズンの制作にとりかかる。ほわっと温かい気分になるラストだ。
ただ、この結末には、映画のように登場人物がみな裕福な暮らしをしていることが必要不可欠だとも思った。主人公がパレスチナ系イスラエル人なのがミソなんだと思う。パレスチナ難民ではない。だからこそ実現した世界ではなかったかなあと考える。
しかし、劇中劇の結末部分の衝撃よ。劇場内が驚きと笑いでざわざわしたし、私も変な声が出た。
ラベル:
3.映画・コンサート
16.12.19
2019年もあと半月
早いもんだね。今年は盛り沢山だった。こんなに中身が詰まっていると思ったのは、いつ以来だっけ? やだなあ過去がみんな疎くなっている。たぶん、長男を産んだ年はすごく詰まっていたんだよね。それまですかすかだったからな。や、待てよ。その前のアメリカ生活も…あれは1/3くらいだな。旅行中は詰まってた。
今年はまあよう文章を書いたわ。一人で遠くへでかけてみたり、いろいろ新しいことをしました。
映画もよく見た。MCUを全部追っかけたの今年だったんだよね。25本くらい詰め込んで見たような。面白かったけど、大変だったな。
それと、ハイローに手を出してしまった。まだ見終わってない。この秋に公開されたHiGH and Low the WORST(通称ザワ)は大変な青春ムービーでとても良かった。高校生は1000円で見られるキャンペーンをしていたので、高校生の子がもしもいたら勧めてた。LDHのことネタにしててごめん。去年の紅白の三代目JSBのパフォーマンスは鳥肌が立ったよ。超良かった。あのとき、もう布石は打たれていたんだな。
読書的には「居るのはつらいよ」最高でした。ちょっと世界の見え方が変わったもんな。変わったというか、ぼんやりと見つめていた方向が明るくなったから、これでよかったんだという安心感。それと、小説は好きに書いていいということ。救われなくてもいいし、カタルシスをありがたがるとか読者の勝手だろ!? 作者も勝手にするわ! くらいの思い切りがでてきた。でも書かれたものは読まれることを求めてしまうということ。自分のために書いたものだと確信さえあったとしても、誰かに受け止めてもらいたいという思いはどこかに秘められている。校正・校閲ルールも出版社によってかなり違うし。なんでもいいんだよ。文字が書かれていれば。
旅行もよくした。佐賀・長崎・大分九重。
島原は特に良かった。火山の成り立ちとか地学的な観点がほんとおもしろい。火山いいよ火山。ただ、島原市の観光はできなかったのが残念だった。それと念願の遠藤周作文学館も行けたし、あのへんの透き通る海水浴場もいくつも巡れたし、楽しかったな、長崎県。
先週、ついにポケモンソードに手を出してしまった。ゲームをまともにやるのはいつ以来だろう。アメリカに持ってったDS Lite、現地でもいくつか北米版のリズムゲームを買ったけど、それほどはまらなかったんだよね。まさかポケモンをここで初めて触ることになろうとは…。鼻歌がジムリーダー戦になってるからもう末期。次男もこないだ歌っていて、こりゃダメだと思ったね。
幼稚園の残り仕事は引き継ぎ資料作成と卒園式に向けての記念品の準備、年長組だけのいイベント、まだ終わらんな…。それにいよいよ引っ越しかもしれないし。来年はきっと落ち着かないから、今年のうちにいろんな事ができてよかった。楽しかったな。
あと、今年中に図書館の本は読み終えたい。
今年はまあよう文章を書いたわ。一人で遠くへでかけてみたり、いろいろ新しいことをしました。
映画もよく見た。MCUを全部追っかけたの今年だったんだよね。25本くらい詰め込んで見たような。面白かったけど、大変だったな。
それと、ハイローに手を出してしまった。まだ見終わってない。この秋に公開されたHiGH and Low the WORST(通称ザワ)は大変な青春ムービーでとても良かった。高校生は1000円で見られるキャンペーンをしていたので、高校生の子がもしもいたら勧めてた。LDHのことネタにしててごめん。去年の紅白の三代目JSBのパフォーマンスは鳥肌が立ったよ。超良かった。あのとき、もう布石は打たれていたんだな。
読書的には「居るのはつらいよ」最高でした。ちょっと世界の見え方が変わったもんな。変わったというか、ぼんやりと見つめていた方向が明るくなったから、これでよかったんだという安心感。それと、小説は好きに書いていいということ。救われなくてもいいし、カタルシスをありがたがるとか読者の勝手だろ!? 作者も勝手にするわ! くらいの思い切りがでてきた。でも書かれたものは読まれることを求めてしまうということ。自分のために書いたものだと確信さえあったとしても、誰かに受け止めてもらいたいという思いはどこかに秘められている。校正・校閲ルールも出版社によってかなり違うし。なんでもいいんだよ。文字が書かれていれば。
旅行もよくした。佐賀・長崎・大分九重。
島原は特に良かった。火山の成り立ちとか地学的な観点がほんとおもしろい。火山いいよ火山。ただ、島原市の観光はできなかったのが残念だった。それと念願の遠藤周作文学館も行けたし、あのへんの透き通る海水浴場もいくつも巡れたし、楽しかったな、長崎県。
先週、ついにポケモンソードに手を出してしまった。ゲームをまともにやるのはいつ以来だろう。アメリカに持ってったDS Lite、現地でもいくつか北米版のリズムゲームを買ったけど、それほどはまらなかったんだよね。まさかポケモンをここで初めて触ることになろうとは…。鼻歌がジムリーダー戦になってるからもう末期。次男もこないだ歌っていて、こりゃダメだと思ったね。
幼稚園の残り仕事は引き継ぎ資料作成と卒園式に向けての記念品の準備、年長組だけのいイベント、まだ終わらんな…。それにいよいよ引っ越しかもしれないし。来年はきっと落ち着かないから、今年のうちにいろんな事ができてよかった。楽しかったな。
あと、今年中に図書館の本は読み終えたい。
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