今朝の地下鉄の遅延にはまいった。いつも通りESLに行くべく電車に乗ったら、突然運行中止の車内放送が入り下車させられた。そういったことは珍しくないので、すぐそばまで来ていた後続の電車に乗るべく準備していたら、また運行中止。3台目はどうだと待ったのに、やっぱり運行中止。どれも折り返し、来た方向に戻っていった。降りた客が殆ど待たず、バスに乗り換えたり隣の他の路線が合流する駅に移動していたりしたのを見て、こりゃだめだと思い私も一駅徒歩移動。隣の駅はごった返していて、何度か見送る羽目になった。やっと乗れた後も非常に低速での移動で、ひっきりなしに車内放送がかかる。こりゃ全面的におかしいぞと思いつつも、やっと降車駅に到着。乗車から1時間半たっていた。ひどい一日の始まりだった。
クラスの後、図書館にて旅行ガイドを探すと2010年版を発見。ほくほくして借りようと思ったら、図書館カードを忘れたことに気づく。肩を落として本を戻し、帰宅。
家についてPCを起動するも、週末から続くネット接続の不調のせいでページ遷移の3度に1度が失敗する。
明日はいいことがあるように……と祈るが、天気予報は大雪。February Furyだって。もういやん。
10.2.10
8.2.10
スーパーボール雑感
この週末は一歩も外に出ず終わった。よく寝て睡眠欲が満たされた。いやー満足。もっとも、昨日はなんだか体調がすぐれず寝込んでしまい、今日はスーパーボールだからTV観戦のために絶対に家にいる! と強い決意を示した同居人がおり、引きこもったのは必然だったんだろう。
昨年は全然アメフトを見なかった。今年はケーブルテレビに加入したこともあって、夫がシーズンの初めからずっと見ており、その影響でおおまかなルールは分かるようになった。なにしろ見やすいのがいい。アメフトが他のスポーツより勝っているのは、一度の攻撃が短いこと、これに尽きる。
私はスポーツ観戦それそのものに強い関心があるわけではないけれど、観戦時の馬鹿騒ぎは大好きなので便乗したくてうずうずしたものだ。昨年のニューオーリンズ旅行の際、その時まで全勝を保っていたニューオーリンズ・セインツのユニフォームを道行く人みんなが着ており、やはり地元のチームが強いと盛り上がりが違うなと思った。まあその時は、旅行中にあったゲームで全勝がストップしてしまったけれど。
そんなわけで、本日のスーパーボールを見てしまった。ニューオーリンズ・セインツ対インディアナポリス・コルツ。そして前評判に反して、個人的に馴染みあるセインツが勝ったのが良かった。セインツは1967年の設立以来ずっと弱かったらしい。2005年の台風カトリーナによって本拠地のスタジアムまで被災してホームでゲームができなくなった。アメフトはホームかアウェーかに試合の結果が大きく左右されることもあり、2006年はひどい成績に終わった。その後無事にスタジアムも改修され、2009年の今回、初めてスーパーボールに出場でき、復興の象徴みたいなのも背負っていたのかな、と思う。それに対してコルツは強いチームで、過去何度もスーパーボールで優勝しているほど。弱いセインツと比べたらやっぱり悪役だろう。まあ試合を見ている最中、劣勢になったコルツに肩入れしたくもなったけど。
ボストンのフリーペーパー「Metro」にもこのスーパーボールの特集記事があって、ジョークまじりなのがおかしかった。例えば、コルツの花形選手マニングは父親も弟もNFL選手でサラブレッドだが、マニング家はそろそろ独占禁止法にひっかかるんじゃないか、とか。今回はコルツが負けたので独禁法の適用は見逃してあげたい。ちなみにマニングの父はその昔、弱い時代のセインツの選手だった。何か因縁を感じる。
昨年は全然アメフトを見なかった。今年はケーブルテレビに加入したこともあって、夫がシーズンの初めからずっと見ており、その影響でおおまかなルールは分かるようになった。なにしろ見やすいのがいい。アメフトが他のスポーツより勝っているのは、一度の攻撃が短いこと、これに尽きる。
私はスポーツ観戦それそのものに強い関心があるわけではないけれど、観戦時の馬鹿騒ぎは大好きなので便乗したくてうずうずしたものだ。昨年のニューオーリンズ旅行の際、その時まで全勝を保っていたニューオーリンズ・セインツのユニフォームを道行く人みんなが着ており、やはり地元のチームが強いと盛り上がりが違うなと思った。まあその時は、旅行中にあったゲームで全勝がストップしてしまったけれど。
そんなわけで、本日のスーパーボールを見てしまった。ニューオーリンズ・セインツ対インディアナポリス・コルツ。そして前評判に反して、個人的に馴染みあるセインツが勝ったのが良かった。セインツは1967年の設立以来ずっと弱かったらしい。2005年の台風カトリーナによって本拠地のスタジアムまで被災してホームでゲームができなくなった。アメフトはホームかアウェーかに試合の結果が大きく左右されることもあり、2006年はひどい成績に終わった。その後無事にスタジアムも改修され、2009年の今回、初めてスーパーボールに出場でき、復興の象徴みたいなのも背負っていたのかな、と思う。それに対してコルツは強いチームで、過去何度もスーパーボールで優勝しているほど。弱いセインツと比べたらやっぱり悪役だろう。まあ試合を見ている最中、劣勢になったコルツに肩入れしたくもなったけど。
ボストンのフリーペーパー「Metro」にもこのスーパーボールの特集記事があって、ジョークまじりなのがおかしかった。例えば、コルツの花形選手マニングは父親も弟もNFL選手でサラブレッドだが、マニング家はそろそろ独占禁止法にひっかかるんじゃないか、とか。今回はコルツが負けたので独禁法の適用は見逃してあげたい。ちなみにマニングの父はその昔、弱い時代のセインツの選手だった。何か因縁を感じる。
7.2.10
Utada!
近所のライブハウスにUtadaが来る! ということで金曜の夜に行ってきた。前にManic Street Preachersを見た場所で、今回もチケットが格安であった。$20。チケットは売り切れにはなっていたものの、小さいハコだしチケットの枚数が少なかったのかと疑っていたが、蓋を開けたら満員御礼であった。ハコのキャパは700人強らしいので、それくらいの人数が来たのだろうと思う。
前座はDJが出てきた。が、クラブでプレイするのとは違ってここはライブハウス、しかもすし詰めで、踊る感じの盛り上がりが全然なかった。気の毒に。何度も「あと○○分でUtadaが登場するぜ!」と煽ったが、観客が反応するのはその瞬間だけ。私はクラブに行ったことがないためにDJと呼ばれる人たちが一体何をしているのかまったくわからなかったが、なんとなく、DJのしたいことが分かった気がする。あの人達は音楽の編曲をしたいんだね。速度を変えたり、そこにリズムを加えたり、効果音を足したりして、元の曲の新しい可能性を見いだすんだろうな。先日、グラミー賞に出てきたLady GAGAの「Paparazzi」やUtadaの「Dirty Desire」はとてもクラブ音楽映えするなぁと思った。
その後、総勢6人ものバンドを引き連れて定刻通りUtadaが登場。ドレッドっぽいボブに片方の肩をさらけ出したワンピース姿で、Utada名義のアルバム「This is the one」からの曲で幕が開いた。ファッションとあの独特のハスキーボイスが相俟って中森明菜が思い起こされた。Utadaの曲はほとんどこのアルバムからであったが、どれも聞きやすい感じ。じっくり聞き入る宇多田ヒカルの曲とは少し異なる印象か。宇多田曲も半分ほどあった。弾き語りをちょっと入れたサクラドロップスや一番盛り上がったFirst Love、Automaticのアレンジは原曲よりロックだった。私が一番ぐっときたのはSanctuary。この曲は同じメロディで歌詞が日本語のバージョンPassionもあるが、両方の歌詞を交えての歌唱であった。泣くかと思った。歌謡曲、ポップス、ロック、はてまた少しエキゾティックな曲まで、実に多彩な曲を聴きながら、メロディーメーカーとして天才なんじゃないかと思った。
バックバンドもうまかった。あんなうますぎる人たち反則だ。途中でロックな曲調が続く場面があって、その中にPlaceboのカバーが挿入されていたのだが、完全にバンドの独壇場だった。Utadaの声がかき消されるほどの激しさ。あの演奏だったら、よっぽど野太い声の人じゃないと太刀打ちできなかっただろうな。Placeboはアルバム「Sleeping with Ghost」のジャケットのイメージしかなかったので、もっと宇宙系の音楽だと思ったのに違ったのもショック。
観客はアジア人半分、アメリカ人半分といったところか。中には日本から来ている人もいたらしい。すごいね。確かに宇多田はあんまりライブをしないようだったので、ライブハウスツアーなんて夢みたいなものだろう。それもあってか、MCは基本は英語で、時々日本語で話していた。曲と全然関係ない雑談が多かったのが新鮮だったなぁ。彼女はNYC出身だけどボストンに来るのはこれが二度目らしく、一度目は小学校の同級生が中学校でボストンに転校したから会いに来た時と言う。その時に、小さな、あまりきれいでない中華料理屋に連れて行ってもらったのだが、出てきたスープに鶏の頭や脚がどかどか入っていたのが忘れられない思い出らしい。彼女としては、それはアリだったらしいけど。日本では音楽史上に残るCDセールスを記録した大スターであるのに、実際の彼女は非常にふつーの人って感じであった。すごいもんだ。
何にしろ、今回のコンサートに行けたのは幸運だった。今度いつコンサートするかわからないし、チケットもとれるか不明だし、チケットの価格もめちゃくちゃ高いだろうしな、今回の$20と比べたら。
10時過ぎに終演して、10時半には帰宅。いやー、コンサート後に早く帰って来られるって幸せ。
前座はDJが出てきた。が、クラブでプレイするのとは違ってここはライブハウス、しかもすし詰めで、踊る感じの盛り上がりが全然なかった。気の毒に。何度も「あと○○分でUtadaが登場するぜ!」と煽ったが、観客が反応するのはその瞬間だけ。私はクラブに行ったことがないためにDJと呼ばれる人たちが一体何をしているのかまったくわからなかったが、なんとなく、DJのしたいことが分かった気がする。あの人達は音楽の編曲をしたいんだね。速度を変えたり、そこにリズムを加えたり、効果音を足したりして、元の曲の新しい可能性を見いだすんだろうな。先日、グラミー賞に出てきたLady GAGAの「Paparazzi」やUtadaの「Dirty Desire」はとてもクラブ音楽映えするなぁと思った。
その後、総勢6人ものバンドを引き連れて定刻通りUtadaが登場。ドレッドっぽいボブに片方の肩をさらけ出したワンピース姿で、Utada名義のアルバム「This is the one」からの曲で幕が開いた。ファッションとあの独特のハスキーボイスが相俟って中森明菜が思い起こされた。Utadaの曲はほとんどこのアルバムからであったが、どれも聞きやすい感じ。じっくり聞き入る宇多田ヒカルの曲とは少し異なる印象か。宇多田曲も半分ほどあった。弾き語りをちょっと入れたサクラドロップスや一番盛り上がったFirst Love、Automaticのアレンジは原曲よりロックだった。私が一番ぐっときたのはSanctuary。この曲は同じメロディで歌詞が日本語のバージョンPassionもあるが、両方の歌詞を交えての歌唱であった。泣くかと思った。歌謡曲、ポップス、ロック、はてまた少しエキゾティックな曲まで、実に多彩な曲を聴きながら、メロディーメーカーとして天才なんじゃないかと思った。
バックバンドもうまかった。あんなうますぎる人たち反則だ。途中でロックな曲調が続く場面があって、その中にPlaceboのカバーが挿入されていたのだが、完全にバンドの独壇場だった。Utadaの声がかき消されるほどの激しさ。あの演奏だったら、よっぽど野太い声の人じゃないと太刀打ちできなかっただろうな。Placeboはアルバム「Sleeping with Ghost」のジャケットのイメージしかなかったので、もっと宇宙系の音楽だと思ったのに違ったのもショック。
観客はアジア人半分、アメリカ人半分といったところか。中には日本から来ている人もいたらしい。すごいね。確かに宇多田はあんまりライブをしないようだったので、ライブハウスツアーなんて夢みたいなものだろう。それもあってか、MCは基本は英語で、時々日本語で話していた。曲と全然関係ない雑談が多かったのが新鮮だったなぁ。彼女はNYC出身だけどボストンに来るのはこれが二度目らしく、一度目は小学校の同級生が中学校でボストンに転校したから会いに来た時と言う。その時に、小さな、あまりきれいでない中華料理屋に連れて行ってもらったのだが、出てきたスープに鶏の頭や脚がどかどか入っていたのが忘れられない思い出らしい。彼女としては、それはアリだったらしいけど。日本では音楽史上に残るCDセールスを記録した大スターであるのに、実際の彼女は非常にふつーの人って感じであった。すごいもんだ。
何にしろ、今回のコンサートに行けたのは幸運だった。今度いつコンサートするかわからないし、チケットもとれるか不明だし、チケットの価格もめちゃくちゃ高いだろうしな、今回の$20と比べたら。
10時過ぎに終演して、10時半には帰宅。いやー、コンサート後に早く帰って来られるって幸せ。
ラベル:
3.映画・コンサート
5.2.10
こんげつのもくひょう
先日、友人に三谷幸喜のエッセイを借りた。彼の本を読むのは初めてだ。朗らかな作風のテレビ番組や本人のシリアス顔でギャグをかますシュールさから、どんな文章を書くのか想像がつかなかった。ところが実際は、簡潔かつ明瞭でさらっと読めるけど引き込まれるという矛盾した感触があった。さすが職業作家(脚本家)だとうならずにはいられない。私もあんな文章が書きたい。先日二回分の日記を読み返すと、何度も推敲したことで文章の勢いが削がれていると感じる。書き終わった後の、あれ、私なんだかちょっといいこと書いてない? 的なちょっと得意気な表情が垣間見られるのが恥ずかしい。自分で掘った穴に埋もれてしまえ。
過去の経験からも、あれこれ悩むよりも軽い気持ちで瞬時に下した決断の方が後々まで残るように思う。試験の回答は見直すほど正答率が下がる。料理は調味料を足すほどまずくなる。そして、文章は推敲するほど読めなくなるのである。
また、もう少し日本語の表現の幅を広げたいと思った。来し方を振り返ると、たぶん最も頻繁に文章を書いていたのは中学生の時で、今よりもイイコトを書けていた気がする。美しきかな、思い出。この日記を振り返ると、特に複数ポストに跨る旅行の話なんかは、同じ表現が繰り返し出てきてうんざりするほどだ。それぞれのポストが日を置いて書かれているだけに、その時々のコンディションに左右されているのがよくわかる。もう少し訓練しないと。
というわけで、2月はできるだけコンスタントに日記を書きます。
書きたいです。
書ければいいなぁ。
書けるかなぁ。
以下、今日の日記。
ESL後、友人と連れだって昼食に〈China Pearl〉を初訪問。どの点心もおいしかったし、4人でおなかいっぱい食べても$36と、毎度毎度のことながら中華のすばらしいCPには驚かされる。でも4人で訪問したからこその高評価かもしれない。2人では戦力不足だろう。ESL主催のお茶会に参加した後、日が暮れるまで歓談してきた。いやー楽しかった。
過去の経験からも、あれこれ悩むよりも軽い気持ちで瞬時に下した決断の方が後々まで残るように思う。試験の回答は見直すほど正答率が下がる。料理は調味料を足すほどまずくなる。そして、文章は推敲するほど読めなくなるのである。
また、もう少し日本語の表現の幅を広げたいと思った。来し方を振り返ると、たぶん最も頻繁に文章を書いていたのは中学生の時で、今よりもイイコトを書けていた気がする。美しきかな、思い出。この日記を振り返ると、特に複数ポストに跨る旅行の話なんかは、同じ表現が繰り返し出てきてうんざりするほどだ。それぞれのポストが日を置いて書かれているだけに、その時々のコンディションに左右されているのがよくわかる。もう少し訓練しないと。
というわけで、2月はできるだけコンスタントに日記を書きます。
書きたいです。
書ければいいなぁ。
書けるかなぁ。
以下、今日の日記。
ESL後、友人と連れだって昼食に〈China Pearl〉を初訪問。どの点心もおいしかったし、4人でおなかいっぱい食べても$36と、毎度毎度のことながら中華のすばらしいCPには驚かされる。でも4人で訪問したからこその高評価かもしれない。2人では戦力不足だろう。ESL主催のお茶会に参加した後、日が暮れるまで歓談してきた。いやー楽しかった。
3.2.10
中2ポエム的に日常を振り返ってみる
すっかり昼夜逆転生活を送っていたここ最近だが、今朝はがんばってESLへでかけた。昨日は起きたら午後3時で、そのまま夜通し起きて突撃した。しかし昼前に帰宅して昼食をとったら撃沈。朝のカフェイン飲料も切れてしまった様子。
久しぶりに仰ぎ見た午前の空はどこまでも青かった。
ESLの生徒には、夫の留学や駐在についてきた配偶者の立場の女性が多い。日本人・韓国人・中国人が三大勢力であるが、国籍によらず本国に帰れば専門職としてばりばりなキャリア生活を送れるような職業の人が珍しくない。何年も英語の論文を読み書きしてきたような人たちが日常会話の練習に来ているのだ。まあ数年だけだしと、仕事を辞めて夫についてアメリカに来て、家事だけに専念する暮らしを送るわけだ。ただ多かれ少なかれ、社会との関わりから得られる刺激と引き替えのこの優雅な時間を物足りないと感じることがあるだろう。勝手な感想だが、そんなすばらしい才能を持った人たちがくすぶっているのを自覚しながらも手をこまねいているのを見ると、本当にもったいないなーと思う。私にはその点、もてあますような専門性はないので気持ち的にくすぶってるだけだけれども。中学生か。
中学生と言えばその時の先生が、自分が選んだ道が結果的に一番いいんです、と高校受験直前に生徒に向かうでもなくつぶやいていたのを思い出す。人生において、時に不可避的な外圧に屈することもあるかもしれない。しかしながら、今の私は私自身が選び進んできた道の上にいるわけで、肯定しないのが馬鹿らしいと思い始めた。それに加え夫に対して、私は自分の人生を曲げてついてきてやったのに! と尊大な感情を少なからず持っていたことも反省すべきだ。夫がそれを申し訳ないと気遣ってくれるのに胡座をかいていた。そうでなければ一人暮らしでもないのに昼夜逆転生活などしない。
くすぶっているのなら、その火を再び燃え上がらせるような新しい風を吹き込んでみろってなもんだ。
久しぶりに仰ぎ見た午前の空はどこまでも青かった。
ESLの生徒には、夫の留学や駐在についてきた配偶者の立場の女性が多い。日本人・韓国人・中国人が三大勢力であるが、国籍によらず本国に帰れば専門職としてばりばりなキャリア生活を送れるような職業の人が珍しくない。何年も英語の論文を読み書きしてきたような人たちが日常会話の練習に来ているのだ。まあ数年だけだしと、仕事を辞めて夫についてアメリカに来て、家事だけに専念する暮らしを送るわけだ。ただ多かれ少なかれ、社会との関わりから得られる刺激と引き替えのこの優雅な時間を物足りないと感じることがあるだろう。勝手な感想だが、そんなすばらしい才能を持った人たちがくすぶっているのを自覚しながらも手をこまねいているのを見ると、本当にもったいないなーと思う。私にはその点、もてあますような専門性はないので気持ち的にくすぶってるだけだけれども。中学生か。
中学生と言えばその時の先生が、自分が選んだ道が結果的に一番いいんです、と高校受験直前に生徒に向かうでもなくつぶやいていたのを思い出す。人生において、時に不可避的な外圧に屈することもあるかもしれない。しかしながら、今の私は私自身が選び進んできた道の上にいるわけで、肯定しないのが馬鹿らしいと思い始めた。それに加え夫に対して、私は自分の人生を曲げてついてきてやったのに! と尊大な感情を少なからず持っていたことも反省すべきだ。夫がそれを申し訳ないと気遣ってくれるのに胡座をかいていた。そうでなければ一人暮らしでもないのに昼夜逆転生活などしない。
くすぶっているのなら、その火を再び燃え上がらせるような新しい風を吹き込んでみろってなもんだ。
Copyright 2009 Longitude 139°34′. Powered by
Blogger.
Blogger Templates created by Deluxe Templates
Designed by grrliz
Blogger Templates created by Deluxe Templates
Designed by grrliz