9.2.21

リングフィットしています

 ようやくリングフィットを定価で買える状況になったので,先週導入した。三日続けて一日休んで,もう一日やって今日は休み。いろいろあるのよ。

今日は一年ぶりに健康診断にも行ってきた。簡易検診なので検査項目は少ない。生活習慣的なものしか見ておらず,私が一番気になっていた貧血は対象外。でも医者の問診で瞼,首,むくみ,腹部の触診などをしたうえで,とりあえず貧血はよさそうという見立てだったのでよかった。

covid-19が流行ってから,医者は診療中になるべく触らないようにしていると聞いた。実際うちの近隣の,近さだけを理由に数度訪れた医院では,ヒアリングと検査だけで薬を出してくる。
なので今回一通り診てもらえたのはよかった。

なお,三鷹にいるときにお世話になっていた内科では,どんな理由で訪れても上記の診察は一通りやってくれた。なんでも答えてくれるし,親切でいいお医者だったな…。

帰りにドラッグストアによってヘアオイルを買った。バラの香りがする,容器の中に花がつけてあるものだ。よく香るのはいいのだが,振り向くたびに夫の実家のお手洗いにいる気分になる。残念だ。


12.1.21

トランポリンで跳ねたら肩が痛んだ

2021年もよろしくお願いします。2020年,実は半年くらい短縮されてたよね。


ぎりぎりまで帰省するつもりでいたんだけど,あきらめて家で過ごしました。

昨年秋に夫の誕生日をスルーしてしまった分,クリスマスに全力投入した。パンプキンポタージュ,パプリカのムース,生ハムのプルーンとクリームチーズ巻き,キッシュ・ロレーヌ,ブッフブルギニニョン。キッシュは本当にいい出来だった。

お節は買ってもらったのが別途ある。だから食べたいものだけつくった。黒豆ときんとんと炒めなますのうち、黒豆をさわるのは初めて。スーパーの売り場で一番高い豆を使ったからか、ほとんど割れることなく完璧な煮豆が完成した。必勝法は高い豆を用意することだ。でも私は、噛むと半分に割れて鋭角が舌に触れる種類の黒豆が好き。この辺は豆そのものに由来するんだろうな。

クリスマスで燃え尽きていたので、その後は適当に過ごした。
りんごケーキのあったかいカスタードソースがけは這々の体ながらやってよかった。おいしかった。ずっと食べたいと思って早17年。そんな難しくないんだから早くやればよかったのに。
2003-2004年の留学中、学食のレギュラーメニューだったのでよく食べていた。写真のようにカットした素のどっしりしたケーキにびしゃびしゃのカスタードがかけてあって、ホットサーバーに置かれていたのだ。イギリスで大学に通う期間はほとんど冬なので、温かいデザートには癒やされたな。フランスの料理でもアングレーズソースは使われるけれど、美しく盛られたデセールの皿に絵を描くソースのイメージしかない。ましてや温かさをや。

夫の実家は近隣なので年始の挨拶に行った。ものっすごい豪華なテーブルが用意されていた。さすがプロフェッショナル…ってなって撮影しまくった。こんなご時世だもの、お料理に精が出るよね。わかる。炊かれたご飯すらおいしくて、毎回感動していただいている。炊飯器で炊いてる普通の米だと思うんだけど。何が違うのかぜんぜんわからん。米の粒を手でそろえてるのかな。まさか。

そんなわけで栄養状態は悪くないが、それ以外のことをしていないので運動不足だ。
今朝、久しぶりに部屋の片隅に置いてあるトランポリンに乗った。
家庭用の小型トランポリンで、跳ねる高さも極力低く努めているが結構疲れる。30秒もすると太股の前後両方が重くなるし、なんならトランポリンを見ただけでも脚の付け根がきゅっと持ち上がる。
ところが今回は、一歩目から肩が痛い。正確には腕の付け根が痛い。ぶら下がり、自由に動く両腕を支えるだけの肩の筋肉、筋、靱帯が細くなっているのではないか。同時に、二の腕の肉が暴れて皮膚が引っ張られる。痛い。
上半身が圧倒的に衰えている。こりゃ困った。今年はとにかく上半身を鍛えようと思いました。新年の抱負である。

10.12.20

秋の色

 関東も紅葉が見頃になってきた。


これは近所の公園。お屋敷跡の庭園はいまも手入れされているようだ。


これは代官山の旧朝倉家住宅。重要文化財。渋谷の崖稜に沿って庭園が築かれ、かつては目下の目黒川、その向こうに続く田園を借景にしていたという。今はこの木々の外側には高層住宅が迫っているわけだが。


これはうちの敷地の。ちょうど真っ赤だった。

9.12.20

たまにはあるく

鬼滅の刃問題は和解して、全巻揃いました。よかったよかった。

物語の結末部分でキャラクターを全部くっつけたり、子孫や転生させた未来でも番いにすることでハッピーエンドを演出する作劇はあまり好きではない。問題解決後はキャラクターがその問題によって科せられたくびきから解き放たれてほしいと願う。戦いの仲で培った絆が残ることはあるだろうが、共通の目的がなくなったのだからフェードアウトしたっておかしくないと思っている。転生なんて現実にはあり得ない。それをあえて認めるとして、次の生でまで前世の自分に支配されるのはどうなのかと思ってしまう。

鬼滅の刃はもろにそのタイプだった。ご丁寧に四代ほどくだったキャラクターたちが、先祖と同じようにどこかで出会い、先祖が果たせなかった日常を代わりに送っている。物語が、先の人の思いを繋ぐことをテーマにしていたから、あるべくしてある結末で、作品全体では整合性がとれている。美しい終わり方だとは思う。作品の隙間も全部埋めてくるなあと思った。そういや作者はコミックスの欄外でパロディを披露したり、漫画の中で描いたらいいのに省いたところを欄外に書いたりしていた。 


久しぶりに隣町まで歩いた。


車止めの上に鳥がとまっている。初めて見た。

数年ぶりにとあるカレーチェーンに行った。カレーソースを客の注文ごとに調整する店だ。あのオペレーションをランチタイムに二人だけで行うのは大変そうだった。福岡のファミレスでも同じことを思ったな。この少ないフロアの人数で席数の客と期待されるサービスを捌けるのかと。その頃は働き手を探すのが大変だったとよく聞いたが、コロナを経た今は働き手を雇い続けるのが困難な方へとシフトしてきたのかもしれない。未来が暗い。

1.12.20

鬼滅の刃にはまりました

 子どもともども楽しんでおる。アニメを見て映画に行って,コミックスも買いそろえた。

最終巻が12月4日に発売されるとあって,ここ数日わくわくして過ごしていた。のに,予約をしていなかったことが判明した。大変ショックを受けている。今日はおしごとの日だけど,やりかけのままふてくされて寝てしまいたい。

発売日に一刻も早く読みたかったとか,これ増刷いつになるのかなとか,そういうがっかり感はある。んだけれど,この気持ちの落ち込みようはそれにとどまらず,おかしいなと思ったんだよね。

たぶん,私の楽しみにしている気持ちを,私の期待ほど大切にはされていなかったのを悲しいと感じている。予約を任せてほしいと夫に言われたから,尊重してお願いしたのに。普段はこういう駆け引きめいたことは思い当たらないのに,とたんに出るわ出るわの恨み節。そんな自分を省みて,また落ち込むのであった。

まあ一時的に忘れて仕事に集中するわ。本を買うこと自体はたぶんできる。発売日に大きな書店に行けばよい。目星はいちおうついている。ないなら増刷を待つよ。